序章 始まりは甘い闇の香り

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序章 始まりは甘い闇の香り

 午前零時、男はパソコンのモニタ画面を食い入るように見つめていた。 『――三分後にライブ配信を開始します』  暗い画面に表示された文字を見て、ほっと安堵の息を吐く。今日も無事に始まったという歓喜が男の顔に歪んだ笑みを浮かべさせた。画面上部の視聴者数が一人二人と増えていき、数十人が待機していることが表示されている。  画面の中でロウソクの炎が灯ると、磨かれた木の床に横たわる女の姿が露になった。白い長襦袢を着た長い黒髪の女は後ろ手に縛られて、布で目隠しをされ猿ぐつわを嚙まされている。顔の造作はわからずとも、その肢体は艶めかしく美しい。  ライブ配信にありがちなチャットは無く、ただ行われるショーを見るだけのカメラアングルは一切動かず固定のまま。女の体が恐怖に震えているように見えて、男の興奮は高まっていく。黒髪がさらりと滑り落ちた時、耳障りな軋んだ音を立てながら扉が開いた。  闇の中に現れたのは黒い仮面を付けた中年の男。黒の浴衣に赤い帯という衣装は同じでも、男は毎回違っている。女は毎回同じ。  仮面の男は女の襦袢の襟を乱暴に引き抜いてその豊かな乳房をあらわにして覆いかぶさった。配信を見ている者へのサービス的な要素はなく、飢えた獣のように襲い掛かって乱暴に犯し始める。  一方的で残酷な強姦ショーは毎夜ライブ配信されていた。ネットで検索しても一切表示されない秘密のサイトに男がたどり着いたのは、一通の迷惑メールがきっかけだった。  この動画配信を見始めた時には、違法サイトとして通報するか迷った。確かめる為と言い訳しながら最後まで見て、その淫靡さに心が囚われた。女がどことなく初恋相手に似ているような気がしたという最低な理由もある。数十人の視聴者がいるのだから誰かが通報するだろうし、閉鎖されるまでは楽しもうと考えた。それ以来、毎晩の付き合い酒も断り、残業も極力減らして時間を作っている。  何しろ動画は一度流されると消されてしまう。様々な保存方法を試してみても失敗した。画面のスマホ撮影すらもできなかったのだから、相当高度なセキュリティ技術が使われていると推測できた。一期一会のライブ配信は、男にとって魅力的なものだった。  女を激しく犯していた仮面の男が突然動きを止め、痙攣しながら倒れ込んだかと思うと、ロウソクの炎が消えて画面が暗転。配信終了の合図の鈴が鳴った。 「畜生! もう昇天かよ!」  スタートから五分しか経過していない上、行為自体もほんの数分。今まで見た中で一番短くて最低な配信だったと毒を吐く。自分ならがっつかず、もっと長く視聴者を楽しませることができる。そう思った男の視界に白く光る文字が表示された。 『ご当選おめでとうございます! 次は貴方の番です!』  闇の中、どこからともなく漂ってきた甘い花の香りに包まれながら、男は画面に現れた文字を凝視し続けていた。
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