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「許されるとは思っていない。私の身勝手な行動で、互いの家門を傷付けることも理解している。だが」
ここでアイザックは、言葉を止めた。顔を上げる為に。エステルの目をしっかりと見つめる為に。
「私は君との婚約を白紙にさせて欲しいと思っている」
決して声を荒げたわけではないのに、アイザックの言葉はやけに大きく部屋に響いた。
「ーーわたくしの、どこがいけなかったのでしょうか?」
しばらくの沈黙の後、エステルは勇気を振り絞って尋ねた。
目標を掲げて努力をすることは苦痛ではない。悪い評価を、良い評価に変えることもこれまで何度もやってきた。
だから今度も、そうすれば良いと思っていた。けれども、アイザックは首を横に振る。
「そうじゃない。君は私にはもったいないくらい完璧な女性だ」
「ご冗談を。なら、どうして婚約を破棄したいなどとおっしゃるのかしら?」
エステルは微笑みながら小首を傾げる。
自分に悪いところが無いのに婚約を破棄したいという彼の思考が理解ができない。
……違う。本当は、気付いている。ただそれだけは、どうしても認めたくない。
そんな気持ちを声に出したわけじゃない。けれどアイザックは「すまない」と言った。そしてエステルに言う間を与えず、苦し気な表情に変えて言葉を続けた。
「好きな人ができた。私はその人と添い遂げたい」
「……っ」
「すまない」
息を呑んだエステルに、アイザックは再び頭を下げた。
でもその姿はエステルにとって、謝罪ではなく拒絶にしか見えなかった。
「どうして……ですか?どうして、わたくしじゃ駄目なのですか?」
誰よりもアイザックを愛していた。彼と添い遂げるのは、世界中で自分が一番ふさわしいと断言できる。だってそうなるように努力してきたのだから。
我が儘を言って困らせたこともなかった。
服の趣味も、会話も全てアイザックに合わせて生きてきた。
他の異性と勘違いを生むような言動など一度もしなかった。
それもこれも彼と神様の前で永遠の愛を誓うため。アイザックの隣に立つ為の努力なんて、一度も苦痛だなんて思ったことは無かった。
なのにアイザックは、自分を裏切った。
婚約をしてから二年の時間を踏みにじったのだ。なんて酷い人なのだろう。目の前にあるお茶を黙ったままの彼にぶちまけて、最低だと罵声を浴びせたい。
でもそんな感情よりも、アイザックを恋い慕う気持ちの方が勝っている。
「では、質問を変えましょう。……わたくしは、あなたが選んだそのお方よりどこが劣っているのですか?」
「いや、君は完璧だ。劣っているところなど一つも無い」
間髪入れずに答えたアイザックに、嘘は感じられなかった。それが無性に苛立ってしまう。
「なら、どうしてそのお方を選ばれたのですか?家門に泥を塗ってまで欲したその理由を教えて下さいませっ」
感情を抑えようとしたけれど、駄目だった。最後はきつい口調になってしまった自分をエステルは恥じる。
しかしアイザックは、嫌な顔一つしなかった。
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