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◇◇◇
「くっそ、繋がらない!」
定型文アナウンスの流れるスマホを苛立たし気にソファーへ投げると、湊人は眉間に皺を寄せて舌打ちした。
憐から突然きた別れの電話の後からずっと電話をしているのだが、全く繋がらないのだ。
電源を落としている可能性が高い。何かがあったのは明白だった。
部屋を飛び出すなり、車を走らせる。
真っ先に憐のアパートへ行ったが、扉は不用心にも鍵もかかっておらず、中には誰も居なかった。ただ、土足で入り込んだような大きな足跡が残っていて、湊人は顎に手を当てた。
憐は室内に土足で上がるような真似はしないし、足跡も憐の靴の大きさではない。もっと大柄な男のものだった。
試しに置かれていた憐の靴と並べてみたが、やはり一致しない。憐の足跡ではなかった。
物取りの可能性を考えて否定する。
荷物は何も荒らされていない。次に事件に巻き込まれた可能性も考えた。
「ダメだ、落ち着け!」
気ばかりが急いて頭がおかしくなりそうだった。考えが上手く纏まらない。
『見つかっちゃったんだ』
電話の途中で、憐が言っていたのを思い出して、湊人は目を見開いた。
すぐに車に飛び乗って、今度は廃工場を目指す。
「憐!」
しかし中は、シンとしていて、誰の姿もないどころか気配すらしない。
息を潜めているのかもしれないとも考えて、事務所の方にも回って中を全て確認した。
古ぼけた旅行用のパンフレットや、書類、コピー用紙らしきものが埃に塗れて散乱している。憐はどこにもいなかった。
埃まみれになったパンフレットを手に取る。その場所は昔に憐と良く見ていたものだった。
「憐……」
湊人は廃工場を後にして、憐のバイト先に行ってみたが、突然辞めると一時間前くらいに電話があったと言われてしまい、一旦自宅に戻った。
嫌な予感しかしない。
湊人は今己が一番先に何をすべきか考えた。
連れ戻されたのかとも思ったが、電話をかける余裕があったのを鑑みると可能性は低かった。
だとすれば、何処か知らない土地に逃亡したのかもしれない。
夜は寝ても居られずに、湊人は憐からの連絡を待ちつつ、時には電話をかけたりもして、気が付けば朝になっていた。
「おはよう、湊人。どうかしたの?」
部屋まで迎えに来た新田が、どこか浮ついているものの眉間に皺をよせている湊人に声をかけた。
「昨夜から、憐と連絡がつかなくなったんだ。バイトも辞めてるし、アパートにも帰っていない。それどころか玄関には鍵も掛かっていなくて、土足で踏み荒らされた跡が残ってた」
さすがの新田も、慌てて口を開く。
「ちょ、それ警察に行った方が良いんじゃないかしら⁉︎ その前にご家族が心配してるんじゃ⁉︎」
新田の言葉に、湊人の肩がピクリと震える。
「憐には血の繋がった家族はいないんだ。他界したって言ってた。今入ってる戸籍の誰かからは、恐らく引き取られてからずっと心身共に暴力を振るわれてきている。オレと離れてからは、知人も友人もいないって言ってたからそういう事でしょ? 憐の接触障害もきっとそのせいだ。音信不通になる前に『見つかっちゃったんだ』て、泣きながら電話があったんだ。サヨナラって言われた。その一時間前までオレといて、新しい三脚だって一緒に選んで買ったのに……っ」
湊人はグッと己の両手を握りしめた。
「憐はその時まで普段と何一つ変わらない態度だったから、何かあったとしたらその後しか考えられない……。探しに行ったけどもう何処にもいなかった。スマホの電源すら切ってるみたいで繋がらないっ!」
乱暴に椅子に腰掛けた湊人を見て、新田は言った。
『今度さ……俺の話を聞いてくれないか?』
廃工場にいた時に憐が言った言葉を思い出す。あの時、憐は確かに何かを伝えようとしていた。
人には言いたくない事情を憐がたくさん抱えていそうなのは、再会した時から湊人も分かっていた。
だからこそ、あえて聞いて来なかった。
憐が話したくなるまで待ちたかったし、話したくないのなら聞かなくても良いとさえ湊人は思っていた。
「オレって、もしかして頼るのも嫌なくらい迷惑だったのかな」
「待って。落ち着きなさい湊人。そんな事絶対ないわ。迷惑だと思っている人の前であんな安心しきった顔するわけないもの! とりあえず落ち着いて頭の中を整理しましょ!」
静かに頷いて目を閉じた湊人を見て、新田は唇を引き結んだ。
「そういえば、気になった事があるんだ。憐はオレに最近変わった事がなかったかとか、無事? て聞いてた。それっておかしくない? 普通の質問じゃないよね。あと、何でこのタイミングで見つかってしまったんだろう? なんか嫌な感じがする。それと……」
どんどん語られていく憶測の域を出ない湊人の話を、新田は信じきれない思いで聞いていた。
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