どうしても、また君に歌を届けたかった。

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「オレも初めての事だから良く分からないけど、必ずしもってわけじゃないんじゃない? まぁ、僻みや嫉妬で嫌味や悪意をぶつける輩はいるかも知れないけど、無視してていいよ。相手にしてたらキリがないから」  人の事をどうこう言う暇があったら自分をどうにかしろ、と悪態をついた湊人を見て、湊人も似たような状況下に置かれていた時があったんだなと憶測出来て苦笑した。 「湊人は強いな」 「そうかな。十五歳の時に新田さんにスカウトされてこの業界にいるから、慣れて来たってのもあるのかも」  自分も同じような強さを持てるのかは甚だ怪しいが、湊人と何か形に残る事をして共有するというのには興味がある。  それとは別だが、憐としてはカラオケでの湊人の行動も気になっていた。  聞きたいものの、話したくない事情があるのは自分も同じだとも考えてしまい躊躇してしまう。  どうするべきか思考を巡らせていると、ポンッと頭に手を乗せられた。 「難しく考えなくていいよ。憐が嫌ならちゃんと言って? 無理して合わせて貰う方がオレは嫌だ」  先程までしていた会話を気にしていると勘違いしているらしい。 「分かった。湊人も俺に合わせなくていいからな?」 「問題ないよ。それにオレは憐と一緒なら何でもやりたい」  向けられる激情に流されてしまわないように、湊人から視線を外し、憐は足元を見つめる。  ——もしここで隠していた事実を全て話したら湊人は何て言うだろう?  再会した当時は知られるのが怖かった。今でもそれは変わらない。  けれど最近は隠している事に、罪悪感を抱くようになっている。湊人を騙して利用している錯覚に囚われているからだ。  胸の奥が嫌な音を立てて疼く。憐は地面に視線を落としながら言った。 「湊人。今度さ……、俺の話を聞いてくれないか?」 「話? 憐の話ならオレはいつでも聞くよ」 「ありがとう」  まだ勇気が出ない。話そうと思えば思うほど口が重たくなる。  それでもこれ以上湊人に隠し続けていくのも苦しかった。  アパート近くのコンビニで降ろして貰って、明日の食事の買い物をしてから帰路に着いた。  道を歩いていると、消したはずの部屋の明かりがついているのが分かって、憐は道の真ん中で足を止めた。  そのまま動かずに契約している部屋を食い入るように見上げる。  合鍵は湊人にさえ渡していない。  それなのに明かりがついているとなれば、空き巣か、中に入り込んでも処罰対象にならない誰かがいるという事になる。  堂々と灯りをつけて物色する程に物は多くない。寧ろ荷物が少なすぎる憐の部屋に入る空き巣など居ないだろう。  導き出される答えは必然的にもう一つの可能性になるが、憐にとっては泥棒よりも嫌な答えだった。  ——嘘、まさか……。  忙しく動き出す心臓がドクドクと音を立てている。  頭で考えるよりも先に踵を返していた。  道に面している窓が開き、タバコを咥えた男が顔を出す。 「っ!」  喉から嫌な音が鳴った。  視界に入れた瞬間、来た道を辿って全力疾走する。 「てめえ、何処行くつもりだ、憐!」  掛けられた声を無視して、足がもつれそうになりながらひたすら走る。最寄駅に着くなり、電車の行き先と時間をザッと確認して飛び乗った。 「はっ、はっ……うそ、なんで……」  いくらなんでも早すぎる。  この県に移動してまだ一年も経っていない。  荒い息を吐き出しながら、乗客もまばらな電車の扉に背を預ける。  駅を降り、無意識の内に向かった先はさっきまで湊人と一緒に居た廃工場だった。 「い、やだ。どうしよう……」  工場の前で足を止めて一度目を閉じる。  ——見つかってしまった。  探偵を雇われたのかもしれない。  だとすれば恐らくはもう全てがバレている。バイト先も見つかっているだろう。  ——湊人は? 湊人は……無事なのか⁉︎  震える手で口元を覆ってその場に蹲る。  怖くて仕方がなかった。 「みな、と。湊人……っ、湊人」  ふわりと優しく笑んでくれる湊人の顔が頭の中に浮かぶ。  このままもう会えないのは寂しくて、また真正面から気持ちをぶつけてきてくれたのに申し訳なくて、憐はスマホを取り出すと湊人に発信していた。 『憐? どうしたの?』  湊人の声を聞いただけで息がしやすくなった気がして、安堵のあまり涙が溢れて止まらなくなった。  ——ダメだ。会いたい。湊人に会いたい。 「みな……っと、……っ」  追い詰められて初めて気が付く。  ——友情じゃなかった。恋情だった。  泣いているのが伝わったのか『憐?』と呼びかけられる。 「湊……っ、人。ちゃんと……部屋に帰れたか? 変わった事……ない? 無事?」  湊人の声を聞けるのはこれで最後になるかも知れない。 『え、うん。何もないよ。それよりどうしたの? なんかあった?』  ——良かった。  心の底から安堵した。  最後くらいはちゃんとお礼を言いたくて、憐は袖口で顔を拭く。 「俺、弱くて……ごめん。湊人に……また会えて嬉しかった。こんな俺を、好きになってくれてありがとう。でもごめん。俺の事なんて……忘れて欲しい。違う人と幸せに……なって欲しい。見つかっちゃったんだ。もう湊人に……会えない。短い間だったけど……俺……また湊人と一緒にいれて……っ、楽しかった。嬉しかった……もう、行かなきゃ……」  ——俺も、湊人が好きだよ。  言葉には出来なくて呑み込む。  最後の最後に湊人を縛る言葉は口にしたくなかった。  気持ちに気が付いたタイミングが今で良かったと思えた。  早い段階だったら、きっと湊人に迷惑をかけていたかもしれない。 『憐、今何処にいるの? ねえ! 憐っ!』 「湊人……、ごめん。サヨナラ」 『待って!』  そのまま通話を終了させる。  折り返し直ぐに湊人から着信があったけれど取らなかった。  少し気持ちを落ち着かせて、今度は勤めていたカフェに辞める旨を伝える電話をかける。それから直ぐにスマホの電源を落とした。 「どこに行こう」  思わずここへ来てしまったのはいいが、バレるのも時間の問題だろう。  暫く立ち往生した後、憐はまた駅に向けて重い足取りで歩き出した。  家とは逆行きの電車に乗って、ぼんやりと外の景色を眺める。  もう何も感じなかった。
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