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「それはその時! 誤魔化して帰るだけだよ」
得意気に笑んだ湊人の言葉を聞いて、憐の表情も若干柔らかくなった。
最近人気を博している月城南人というモデルは、憐でも人並みに知っていた。
バイト先の女性スタッフたちが良く喜々として話しているからだ。
興味はなかったけれど、記憶の中にある幼い友人の目元と似ているとは思っていた。
視界に入れば懐かしむ程度の感想だったので、ツキミナの愛称でも知られている彼が、本当に友人の〝湊人〟だとは考えてもみなかった。
「人気モデルがこんなとこで何してるんだよ。ちゃんと仕事しろよ」
喉を鳴らして笑みをこぼした憐を見て、湊人も笑った。
「モデルだってプライベートは楽しみたいの! 憐だって人気者じゃん。素顔見てみたいって言ってる奴多いよ? モテモテだね、憐」
「どうでもいいよ俺は。興味ないんだ」
ソッと視線を流す。他人とは極力関わりたくない。
「そっか、それなら安心した」
心底ホッとしたと言わんばかりに胸に手を当てた湊人が息を吐く。
「変なヤツ」
小さな声で呟いて湊人を見つめた。
「オレね、会いたかったんだよ。憐の事も探してた」
近距離で顔を覗き込まれてしまい、思わず笑いを止める。距離感がバグっているのは相変わらずのようだ。
「探してた……て、何で?」
「ずっと憐に会いたかったからだよ。うちの婆ちゃんが倒れてちゃんとした挨拶も出来ずにすぐ引っ越したから、サヨナラも言わずに憐とそのままになっちゃって、オレはそれがずっと嫌だった。それで母さんとも喧嘩してさ。でもあの頃は子どもだったし、自分じゃどうにも出来なくて。モデル始めた理由も、有名になったらもしかしたら憐がオレに気が付いてくれるんじゃないかって思ったのが始まりだったんだ。まあ……全然気付いて貰えてなかったみたいだけどねー……」
湊人がしょんぼりと項垂れた。
「ごめん。まさかあのツキミナが湊人だとは思わないだろ」
苦笑混じりに口にする。
「そりゃそうだよね。まあ、何はともあれ憐にまたこうして会えたから良いんだけど。しかもこの場所でってのが運命感じた! だってオレと憐の原点だからね!」
細めたみせた湊人の瞳の奥に、熱が篭っているような気がして心音が跳ねた。
そんな瞳は今までかつて向けられた事がない。
どう対応していいのかも分からずに憐は視線を泳がせる。そんな風に思ってくれていたなんて想像もしてなかった。
「え、と」
返答に困った。
どういう反応をとっていいのか分からなくて、湊人から逃れるように顔ごと視線を逸らす。
引っ越しの件は、母親から湊人たちの事を聞いていたので遊べなくなって寂しくはあったが、憐としては仕方ないと納得していた部分があったからだ。
それにまさか湊人も自分と似たような理由でモデルを始めたとは想像もしていなくて、気恥ずかしいやら嬉しいような色々な気持ちが入り乱れる。
「だから動画見て憐かもって思った時は、マジで嬉しかった。一日でも早く此処へ来て直接確かめたかったんだ。REは大体週一の木曜日に配信している事が多いし、木曜外せば金曜日。それ以外だと火曜日。数打ちゃ当たるかなって。まさか一発目で当たりを引くとは思わなかったけどね。ね、オレ凄い?」
リサーチ力も凄かった。ただただ脱帽だ。
「あー、…………そうだな」
「棒読みやめて!」
これにもどう返していいのか分からず沈黙が流れる。
何だか胸の奥がむず痒くてたまらない。
「憐、やっと会えた。憐の歌をまた聞けて嬉しい。すっごく嬉しい。ねぇ憐、歌って? オレ憐の歌また聞きたい! その為に来たんだよ」
湊人の目が尊いものでも見るように優しく細められた。
『ねえ、憐歌って?』
幼き頃の記憶と重なる。
「——っ!」
不覚にも泣きそうになってしまった。
まだあの頃と同じように思っていてくれたのが堪らなく嬉しくて、思わず眉根を寄せる。
懐かしかった。
無邪気な時に湊人と遊んでいた時間を思い出す。互いの母親たちも嬉しそうな顔をしていた。
「あり、がとう」
礼を伝えるだけで胸がいっぱいになった。
目の中に水の膜が張ってくるのが分かって、パーカーのフードをずり下げる。
「もしかして照れてる?」
「湊人、うるさい」
湊人が居なくなって暫くした後、生活が急変したのは憐も同じだった。
工場の経営が悪化して、憐の両親は莫大な負債を抱えてしまい、次の年を待たずに無理心中してしまったからだ。
その後は県を跨いで親戚間をたらい回しにされ、最終的に今の名字である二階堂家に引き取られた。
二階堂家は普通の家庭だった。憐より五つ年上の一人息子を除いては……。
『友人と暮らす事になったので家を出ます。突然すみません。今までありがとうございました』
義兄から向けられていた異常な偏愛と執着に耐えきれなくて、高校を卒業すると共に紙切れ一枚置くなりそこから逃げ出した。
けどやはり義兄だけはしつこく追って来て、憐は見つかる度に住居を変えて一人暮らしをしている。
「あ、もしかして冗談だと思ってる? ホントだよ?」
「わかっ、てる。もう黙っててくれ」
心の奥がポワポワする。
——顔が熱い。
湊人は昔からいつも元気をくれる。
昔の記憶が懐かしくもあり物凄く心地良い。
ずっと虐げられる生活ばかりで擦り減っていた心が、湊人の言葉で掬い上げられた気がした。
「オレ憐の声好き。大好き」
柔らかく表情を崩されて、まるで恋人にでも向けるような眼差しを送られる。
心音が煩わしいくらいに鳴り始めていた。
「分かった。分かったから、もうやめろ。あまり好き好き言うな。褒められるのに慣れていないから……恥ずかしい」
フードを被ったまま俯いて、片腕も上げて顔を隠す。
色んな意味で顔を上げられない。
見慣れない表情と、聞き慣れない言葉の羅列には耐えられなかった。
「照れてる憐可愛いね。オレは恥ずかしくないよ全然。だって本当の事だし。ね、今度はいつ動画撮るの? やっぱり木曜日? オレも来たい」
「スマホで見てるんだろ?」
そっぽ向いて口を開くと湊人がむくれた。
「憐の意地悪。前みたいに憐が歌ってるとこ目の前で見させてよ。ねぇ良いでしょ? 憐の側に居たい。誰よりも近くに居たい。またオレの為に歌って欲しい」
真っ直ぐに見つめられる。
——お願いだから黙ってくれ……。
完全にキャパシティーオーバーだ。両耳を塞ぐ。まるで全身で好意を伝えようとする大型犬にまとわりつかれているような気分だ。
そういえば湊人は昔から犬みたいだったなと思い出して笑ったら、恥ずかしさは少しだけマシになった。
「来週の木曜日も……此処にいる……よ」
途切れ途切れに答えると、湊人が食いついた。
「え、それって、オレも来ていいってこと?」
コクリと小さく頷いた憐を見て湊人が瞳を輝かせる。
「憐、嬉しい! ありがとう!」
湊人が本当に本当に嬉しそうな表情を浮かべるから、また心音が激しく鳴りだす。
——何だろうこれ。心臓が苦しい。
胸に手を当てる。
全身を駆け巡る血液が温かさを通り越して熱かった。
体がおかしい。自分の周りをうろつきながら、嬉しさを表現してくる湊人が本物の大型犬っぽく感じて、憐は表情を緩ませた。
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