どうしても、また君に歌を届けたかった。

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「やっぱりちゃんと言葉にしなきゃ伝わらないかな。憐てそういうとこ昔っから疎いもんね」 「何の話だよ」  一度言葉を切った後に、湊人は何事か悩んでるように座ったまま両手で頭を抱えている。やがて大きなため息をついていた。  覚悟を決めた様に立ち上がった湊人と、正面から視線が絡んだ。 「憐さ多分、友人だからとか勘違いしてると思うから先に言っておくね。オレ昔っからずっと憐に言ってるけど、それ恋愛対象としての〝好き〟だよ。ずっと恋愛対象として憐を見てる」 「え、恋……愛?」  大きく瞬きした。 「うん。あーー……ごめんね。普通の友達として見てなくて……。離れてから、もしかしたら憐以外にも好きになれる人が現れるかもしれないと思って、これまで色んな恋愛もしてみたんだ。だけど、憐以上に好きになれた試しなかった。あんなに昔の事だったのに、心が憐を求めて乾いていくのがわかるんだ」  湊人は言いづらそうにまた言葉を切る。一拍の間が空いた。 「だから探してたんだ。オレの初恋でもあったから。憐に再度会って色々話しもしてみて確信した。今でもオレは憐が好きだよ。もう離れたくない。これからはずっと同じ時間を共有していきたい。誰にも憐を取られたくない」  熱に浮かされたような湊人の顔が近付いてきた。  ゆっくり伸びて来た手に顎をすくい上げられて、軽く口付けられる。 「み、なと?」  理解の追いつかない脳は見事に思考を停止させられた。 「好きだよ憐。ずっと前から好きだ。これからもずっと好きでいる。憐だけが好き。じゃなきゃ十年もの間探してない。ホントに会えて嬉しい」 「——ッ!」  言葉が出てこなかった。 『オレ、憐の歌好きだよ』  そう言って無邪気に笑っていた友人は、知らない男の顔になっていた。 「あの、俺……」 「今は意識してくれるだけでいいよ」  湊人から告白された後は全てが上の空で、頭の中がふわふわと飛んでいる気がした。 「駅まで送ってくから乗って?」 「うん……ありがとう」  湊人は楽しそうに笑っていて、憐はそれがまた気恥ずかしくて湊人の顔を全く見れなくなった。  車中で色々話しかけられたが、湊人の言葉が頭に入って来ずに素通りしていく。  ——恋愛対象として見られていた?  浮いたままの心は、自分の意に反して帰ってきてくれなかった。 「憐、大丈夫? 駅、着いたよ?」 「へ?」  急に話を振られて我に返る。  今の今まで本当にずっとぼんやりしていたみたいだ。  余計恥ずかしくなってしまって、左手の甲で顔を隠す。 「ごめん。ボーっとしてて……」  ハンドルを腕で抱えるように上体を預けている湊人が、ニマニマしながら見つめているのが分かった。 「ふふ。ずっと顔赤くて、上の空の憐てばめちゃくちゃ可愛かったよ。このまま帰したくなくなっちゃって、お持ち帰りしちゃおうかどうか真剣に悩んじゃった」 「それは困る。嫌だ。送ってくれてありがとう」 「即答で振らないでっ」  湊人がお腹を抱えてケラケラ笑っていた。  車から降りて、湊人に手を振る。そこから十分程歩いて、アパートの部屋に着いた。  憐はまだぼんやりしながら、今度はベッドの上に転がっている。  普段なら帰宅してすぐに風呂に入ってからベッドに上がるのに、服から湊人の香りがしているような気がして妙にドキドキしていた。  湊人がすぐ隣に腰掛けているようで心地良い。  思考回路を切り替えたくて、ベッドの上から室内を見渡した。  ——こんなにこの部屋広かったっけ?  寝れたらそれで良いと考えていた憐の部屋は、ベッドと洗濯機と冷蔵庫くらいしかない。  お陰で広々と使えるが、今日はやけに広く感じた。  それは最近の湊人とのやり取りがあって、心が満たされているお陰かもしれない。その分部屋の中が寂しく思えた。  ——湊人……本気なのかな?  冗談で言っているようには見えなかった。  ため息をつく。最近は色々あり過ぎて何からどう考えていいのか迷う。  突如撮影現場に突撃されたと思ったらそれは月城南人という人気モデルで、しかもその人気モデルの正体は昔の友人の三神湊人だった。  その友人には昔っから好意を寄せられていて、突然口付けられた挙句に告白されるという濃すぎる一週間だった。  ——あれ? そういえば拒絶反応出なかったな。どうしてだろう。  ふと疑問に思う。  気が昂っていたからなのか、湊人に触れられても平気だった。  あまりにも驚きすぎて、体が動かなかっただけかも知れない。  湊人の顔を思い浮かべる。  昔から整った顔立ちをしているとは思ってはいたが、まさかあそこまで化けるとは思ってなかった。  告白された事を思い出すだけで顔が熱くなる。  他人から熱烈な眼差しと直向きな想いを向けられたのは初めてだった。  声が、言葉が、頭から離れなくて現在進行形で困っている。  思考回路の全てを湊人に侵されている気がした。  頭の中から追い払うように左右に頭を振って上体を起こし、今度こそ風呂に向かった。  それでも湊人の言葉が頭の中にこびり付いていて離れない。  風呂から出て着替えるなりまたベッドに転がる。 『好きだよ憐。ずっと前から好きだ。これからもずっと好きでいる。憐だけが好き。じゃなきゃ十年もの間探してない。ホントに会えて嬉しい』  目を閉じても蘇ってくる声のおかげで眠れない。  憐は自身の両手を見つめた。 『疫病神のお前に関わったからみんな居なくなるんだ。俺に逆らうな』  脳裏に忌まわしい記憶が蘇ってきて、身を震わせる。  ——そうだ……誰かに好きになって貰う資格なんてない。  枕に顔を埋めた。  義兄に触れられ、無理やり体を開かれていた。こんなにも汚れきってしまっている自分の事を知ったら湊人はどう思うだろうか。  友人としても好きだと言ってくれなさそうで怖くなった。  ——やっぱりもう会うのはやめよう。迷惑はかけたくない。  会いたかった。  歌を届けたかった。  けれど、両親のようにいなくなったり、これがきっかけで嫌われるかも知れないと思うと、過去のトラウマで臆病になりきった憐の心は苦しくて痛くなった。  ——湊人にだけには知られたくない。  今は平和でも、またいつ見つかるか分からない。  ずっと逃亡生活を送っている。きっとこれからも変わらないだろう、と憐は思う。  ——湊人に迷惑をかけてしまう前に離れよう。  胸の奥が軋んだ音を立てた気がした。  顔を上げて窓の外を眺める。考え事に耽っている間に、夜は明けたらしい。  黒いインクを溢したような憐の心の中とは裏腹に、外は抜けるような青空が広がっていた。  今日のバイトは夕方の五時からだ。  それまでにもう一度寝る努力をしてみようと、憐はカーテンを閉めて目を閉じた。
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