どうしても、また君に歌を届けたかった。

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 2  湊人に告白されたものの、もう会わないと決めてからは、スマホに入ってきたメッセージは全て未読のまま放置していた。  動画もアップしなくなって二週間が経過している。  それから三日後の事だった。  バイト先に向かうと店内が何やら騒がしくて、憐は話に夢中になっている女性スタッフたちに視線を向けた。  客の中に物凄いイケメンがいるという言葉が耳に入ってきたが、さして興味も惹かれずに更衣室に入る。  黒のギャルソンエプロンを腰に巻きつけて、事務所に行った。  憐がバイトをしている所は、コーヒーをメインに取り扱っているカフェレストランだ。  客層も様々で家族連れまで入りやすい店だった。  結構大きめの店舗なので従業員の数も多く、その日によって厨房とホールに分けられて配置される。 「二階堂君、今日は欠員が出たから代わりにホールに出てくれる?」 「分かりました」  店長からの指示に返事をする。  引き継ぎの合間に備品の補充をしていると、一人の客と目が合って憐はヒクリと頬を引き攣らせた。 「憐、似合ってるねそれ。可愛い。ていうか腰細すぎない? ちゃんとご飯食べてる? オレ作りに行こうか? 何なら養ってあげるよ?」  サラっとプロポーズに近い言葉を言ってのけたのは湊人だった。  唖然とする。  しかも暫くの間会わないと考えていたのが読まれていたようなタイミングの良さだ。  お忍びで来ているのか、メガネを掛けて帽子を被っている。  軽い変装をしているが、スタイルの良さは隠しようがない上に華やかな存在感も消しされてない。  お陰で周りの客や従業員は、湊人を熱烈に注視している。 「え、あのイケメンて二階堂君の知り合いなの?」 「あの人、見た事ある気がするんだけど」 「ツキミナに似てない?」 「まさか。こんなとこにいないよ。他人の空似でしょ」  丸聞こえだ。しかも大当たりだった。  さっき騒がしかった原因は湊人だったのかとゲンナリした。  当の本人は騒がれる事に慣れているようで、飄々とした態度でアイスコーヒーの氷をストローでかき回している。 「お前は目立ち過ぎるから帰れ。さっきから注目されているのに気が付いてるだろ。その前にどうやって俺のバイト先を調べたんだ?」  周りに聞こえないように、早口な小声で話しかける。 「愛の力……あ、待って待って嘘です嘘。殴らないで。オレ一応顔が資本だから」  喋ってる途中で拳を振り上げたのに気が付かれた。  ちっ、と舌打ちすると湊人が苦笑する。 「憐に男として見て貰えるなら、誰に見られようとオレはどこにでも行くよ」 「答えになってない」  憐がそう言うと、湊人が肩を竦めた。 「ごめん。少し前に憐の後をつけて、家とバイト先もチェックしてたんだ。だって憐ってばさ、家の場所すら教えてくれないから気になったんだもん。その後一緒に収録行けるかなーとも思って。でもバイトにしか行かないしさ。何度メッセージしてもスルーだし」 「お前、それはストーカー行為と言うって知ってたか?」 「……はい。ごめんなさい。知ってます。寧ろストーカーでいいです」  ネタばらしした湊人に憐が非難めいた視線を向ける。  謝ったのはいいが、悪びれた様子はなく、にっこりと微笑みかけられた。  キャーという外野の声が煩い。  今すぐこの場から離れたくて仕方なかった。 「ね、何時に終わるの? 憐の部屋行きたい」 「自分をストーキングしてまで口説こうとしている男を部屋の中に招き入れる程、俺の危機管理能力は死んでない」 「ちっ」 「仕事に戻る」 「頑張ってね」  湊人を放置して仕事に戻る。  夕方の六時を超えると店内も忙しくなって来て、本当に湊人の存在を忘れていた。  店の中が落ち着いてから湊人を探してみたが、湊人の姿は何処にもなかった。  十一時になり、バイトを上がろうと事務所に顔を出すと女性スタッフ数人に取り囲まれた。 「二階堂君、あのイケメンとどういう関係なの?」 「ね! すっごく親しげだったよね⁉︎」  興奮冷めやらぬ表情で詰め寄られ、大きく瞬きをする。  どうやら答えなきゃ帰してくれそうにない。  憐は面倒くさくてため息をついた。 「幼馴染なんです。偶然再会したんで、つい話が長引いてしまいました。仕事中だったのにすみませんでした。次回から気をつけます」 「え、それは全然いいよ! 気にしてないから!」  皆、いかにも紹介してくれと言わんばかりの顔をしていたので、憐は逃げるように事務所を出て、足早に店を後にする。  普段、他のスタッフと会話もしないようにしているから一気に疲れた。  店の外に出てホッと胸を撫で下ろしたのも束の間だった。 「憐、こっちこっち!」  今度は裏路地に待ち構えていた湊人に声を掛けられる。  手招きされるままに湊人の近くまで歩む。すると湊人が破顔した。 「びっくりした?」 「湊人、お前な……」 「お疲れ様、憐。一緒にご飯でもどう?」 「……仕事は?」  会わないと思っていただけに、二つ返事で答えられなかった。 「今日は一日オフだよ。あ、それともオレの部屋来る? もう家から帰さないけど」 「行かない!」 「ちっ」  舌打ちした湊人の腹に手刀を入れる。  痛がる素振りを見せながらも、湊人に手を伸ばされて頭を撫でられた。  唐突に触れられ、思わずピクリと体が跳ねてしまう。 「あ、ごめん! 勝手に触って。つい手が伸びちゃった」  湊人が慌てて手を引っ込める。 「ねぇ、憐。あれからずっと連絡なかったのって、ホントはオレの事が嫌になっちゃったから?」 「え?」  困ったような顔をしている湊人と目が合って、初めて自分の事しか考えていなかった事に気がついた。 「ごめん、湊人。違うんだ。そんなんじゃない。湊人……俺の問題なんだ。でも、その話には、触れられたくない。傷付けて……悪かった。湊人が嫌になったわけじゃない」  自分の左腕を右手でギュッと掴む。 「そか」  湊人が苦笑した。 「お腹空かない?」  言われて初めて昨夜から何も食べていない事を思い出した。 「……空いた」 「ご飯行く?」  コクリと頷く。 「やったー! 憐とご飯ゲット!」 「何だよそれ」 「あそこのパーキングに車停めてるんだよね」  優しく掬い取るように手を引かれて、そのまま繋がれた。  ——手……どうしよう。  過去の出来事があるせいで、他人からの接触が苦手だった。  だけど、すぐ振り解けるくらいに優しい手つきだったのもあり、気付かれないくらいに小さく息を吐き出す。  ——そういえば、手を繋がれたり抱きつかれたり、湊人のスキンシップの多さは昔っからだったな。  思い出を振り返ると、身構えるのが癖になっている自分に辟易させられる。  柔らかい口調なのに、湊人は意外と強引なところがあった。  会わないと決めていた筈なのに、心が揺れていた。  ——やっぱり……一緒に居たい。  湊人の隣は居心地良過ぎて手放し辛い。  歩調も合わせてくれているのに気がついて思わず苦笑した。
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