どうしても、また君に歌を届けたかった。

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「誰かと歌うのは初めてだ……」 「ならこれからは憐の相手はずっとオレね」 「まあ、それはいいけど……」 「マジで? やった! カラオケも新田さんに連れられて、個室のあるとこに行くんだよね。よく一緒に歌うよ。そこのオーナーが隠れ家的に作ったとこだからさ、誰にも会わずに歌えるの。憐が動画撮ってるの見てて、オレ実は一緒に歌ってみたかったんだよね。憐も連れて行ってみたい!」  テーブルを挟んで左右に座ってマイクを手にする。  個人的に湊人が撮影しはじめて、二人で交互に曲を歌った。  明るくてテンポの良い曲は気持ちまで楽しくなってくる。  気がつくとまた笑えていた。  湊人と一緒に居ると本当に退屈しない。 「緊張したー。仕事でもこんなに緊張した事ないよ? 憐上手いから、オレ、圧に負けそうだった」  湊人の歌は初めて聞いたが、意外と上手かった。  それよりも、サビの部分でのこちらに合わせたような声の絡み具合が絶妙で、また一緒に歌いたくなるくらいだ。  ——どうしよう。気持ち良い。湊人とまた歌いたい。  そんな感情を抱いたのは初めてで少し困った。もっと、と自分から求めてしまいそうになって言葉を呑み込む。 「湊人も上手い癖に。歌でもやってけるんじゃないか? 俺、湊人と歌うの楽しかった」  そう言うと湊人の表情が輝いた。 「ホントに? 憐に言われると嬉しい! オレも楽しかったよ! もし歌の仕事入ってきたら憐も一緒にやってくれる?」 「それはちょっと……。俺はお前と違って普通の一般人だし、顔出しもしたくないって言っただろ。それに湊人とは並びたくない」 「ちょ、憐もしかして自分がネット上で美人系のイケメンって騒がれてるの知らないの? オレの周りも結構言ってる奴ら多いよ」  失笑しか出なかった。 「それこそ何でだよ。俺顔出ししてないだろ。フード被って面してたら顔の良し悪しなんて分からない。面効果に騙されて周りが美化してるだけだ。一々真に受けてられない」  湊人の目が半目になっていた。 「憐て子どもの時からそういうの疎かったもんね。皆んな憐と仲良くしたくてホントはウズウズしてたのに、ちっとも気が付いてなかったし。オレからすれば、周りの奴ら全員ざまあみろって感じで面白かったけど」 「いや、どっちかというと避けられてただろ俺。湊人の勘違いだ」  湊人が項垂れる。 「告白するまでは、まさかオレの気持ちにも気が付いてなかったなんて思わなかったよね。とっくに気付かれてたんだと思ってた。オレかなり露骨に憐に絡んでたのに……」  嫌味な程に長い足を投げ出して、腰掛けているソファーからずり落ちそうになっている。 「人懐っこいからな湊人は」 「…………それ、憐にだけだよ」  湊人がボソリと呟いた声は聞き取れなくて聞き返したが「何でもないよ」と言われて首を振られる。 「湊人、俺歌っていい?」  話の腰を折るようで申し訳ない気もしたが、歌の誘惑に負けてしまった。 「いいよー! 憐の歌なら大歓迎。あ、もしリクエスト可能ならバラード系歌って欲しい」  勢いよく体を起こして座り直した湊人にリクエストされる。 「ん、いいよ。何が良い?」  表示された曲名を見せられた。  最近湊人のお気に入りの曲らしい。バラード系は一番得意だったりもする。 「これ歌える?」 「歌える」 「今度の配信はこれにしようよ」 「配信となると、一般社団法人日本音楽著作権協会に、この曲が登録されていれば問題ないよ。俺が配信している動画アプリが提携してるから。どっちみちカラオケ音源は著作権に引っかかるから今日は無理だな。いつもみたいにアカペラなら大丈夫だから、アプリ投稿するまでに調べておく」 「だから憐ていつもアカペラなんだね」 「そうだよ。音源も歌詞もレコード会社とかに別途許可を取れば大丈夫だけど面倒だし、そんなお金ないんだ。自分でギターかピアノで弾けたら良いんだけどな」 「ギター……」  湊人の呟きと曲が重なった。  一度目を閉じて大きく息を吸いこむ。音をとりながら息を吐き出して目を開けると、気持ちも切り替わった。  曲に命を吹き込んでいく。  きちんとした機械を通して歌うと、自分の声さえも普段と違って聞こえるから不思議だ。  音の返りも撮影の時とは段違いに良い。  ふと視線を感じて視線を這わせる。歌詞は見なくても覚えていたのもあって、視界に映り込んだのは驚きに目を瞠る湊人だった。  ——何かおかしかったかな?  熱視線に変わりはないものの、また違った意味合いの込められているような視線だ。  無言のまま聴きいっている湊人が、どこか落ち着かない様子で体を震わせていたが薄く唇を開けた。 「やっば、かっけぇ……。可愛くてカッコいいとか最強じゃね? え、何それズルすぎでしょ。何この子。こっちの世界に引き摺り込みたい。新田さんに……あー、ダメ。ライバル過多むり。取られちゃうじゃん。好きな人が推しってツラっ。同担拒否。このままお持ち帰りしたい。オレの部屋に憐一人。あ、最高。二百年くらい生きれそう」  真剣な顔でブツブツと訳のわからない言葉を口早に紡いでいた湊人がまた唇を引き結んだ。  3  湊人とちょくちょく会うようになって数ヶ月が経とうとしていた。  ここ一か月程会えていなかった湊人に、どうしても見て貰いたいものがあると言われ、憐は初めて湊人の住むマンションへと来ている。  しかしそのマンションを見上げて、絶句したまま動けなくなってしまった。  ——何だこの高級マンション……。  芸能人が多く住むと言われているマンションに気圧されていて、憐は出入り口付近で立ち往生している最中だ。せっかく十分前には着いていたのにこれでは意味を成さない。  ——どうしよう。本当に此処に足を踏み入れていいのか?  疑問しか思い浮かばない。  やっぱり帰ろうかどうしようか迷っていると、ホテルのロビーみたいな出入り口から湊人が出てきた。 「憐、もう着いてたんだね。こっちだよ。おいで」 「いや、俺……なんかもうお腹いっぱいだから帰る」 「ちょっ、何でっ⁉︎ さっきメッセージでまだご飯食べてないって言ってたでしょ! ほらおいで」 「ええ……」  分不相応にも程がある。自分が足を踏み込んでいい場所ではない。 「手、触ってもいい?」 「うん、いいけど……俺もう帰りたい」  引き返そうと言葉を発した直後にニッコリと微笑まれた。 「そうだね。オレたちの家に帰ろうか」 「何だよ、俺たちの家って」 「ここ、ここ〜」 「俺の部屋じゃない。その前にこんなとこに住める気がしない。人の住む所と思えない」 「ちょ、それじゃオレ未確認生物とかみたいじゃん!」  ——ああ、確かに。  自分に懐く人間など湊人くらいだ、と考える。犬型の未確認生物だな頭の中で考えていると笑えてきた。
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