空腹

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空腹

 中高層ビルの乱立する市街地、そのやや外れにある12階建てマンションの屋上。  立ち入り禁止の場所にも関わらず、一人の男がフェンスにもたれながら、風上に向かい大きく口を開けている。 「う~ん、これは甘い!甘みが感じられます」  そのまましばらく口を開け、そのテイストを堪能し続けるも… 「やはり、気体では満足出来そうにありません」  それでお腹が満たされる訳もないく、返ってお腹は空いていくばかり。 「今日を凌ぎさえすれば、明日から暫くの間は何とかなりそうなのですが…」  そんなその日の食に困る程のみすぼらしい男も、容姿だけは人を振り向かさせるほどに群を抜いている。  顔はモデルを越える端正さ、身長もダンクシュートを軽く熟せそうな高身長。それでいて肉体は服の上からでも分かる細マッチョで、その全てを皴一つない黒の正装でんでいる。  その姿は、まるでフォーマルスーツのモデルかの様に凛々しい姿に見える…はずなのだが、今の男を近くで見てしまうと全く覇気が感じられず、まるで萎れた観葉植物そのもの。 「ああ、やっとお昼になりましたか、早く明日にならないでしょうか」  大通りでは昼食に向かう会社員たちで賑わいだしている。それを見つめ羨む事しか出来ないのが、今の悲しい男の現実。 「そもそも定職に就けていないのが問題なのです。ああ、働いている皆さんの生き生きとした姿が、なんと眩しいことか…」  失業中の男はその賑やかさに耐え切れず、つい人通りの少ない裏通りの方に目を向けてしまう。すると、 「おや?」  そこに気になる光景を見つけてしまう。  ビルの狭間にあるコンビニの細い裏路地で、若い女性が三人の男に詰め寄られているのである。  女性はコンビニで買い物をした後の様で、手にする白いポリエチレンの買い物袋もそこそこ膨れている。 「おやおや、大の男が買い物袋に寄って集ってどうしようと?  もしかすると、取り上げようとでも考えているのでしょうか?いや、それよりも、女性にいかがわしい事をしようとしていると考える方が、正解かもしれませんね。一見真面目そうに見受けられる人も、悶々とはするようですから」  そんな光景を目にしても、その男は至って落ち着いた表情で口調も丁寧である。しかし、その女性が買い物袋を地面に落とすのを見てからは、男の瞳は一転して光りを帯び始める。それは、まさに獲物を前にした肉食動物の様である。 「そんな、乱暴な!買い物袋が地面に落ちたではありませんか!  あ~あっ、そんなに詰め寄ったら踏んじゃいますよ。踏んじゃいますよ!」  その光景を食い入るように見つめていた男の身体は次第に屋上の手すりから乗り出して行き、 「食べ物が入っているかもしれないんですよ、食べ物が。もう我慢なりません!」  そう言うと、ついに我慢が出来なくなってしまい、そのまま手すりを乗り越え、春の柔らかな空気にフォーマルスーツを靡かせてしまう。  
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