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それから律希は逃げた。
徹底的に逃げた。
逃げて逃げて、二人を避けまくった。
誘われるままに合コンにも参加して、自分からも二人以外と交流を持ちまくった。
いつの間にか二人から連絡も途絶えてからは三ヶ月が過ぎている。
交流したおかげで、ほんの一週間前に念願の彼女が出来た。
楽しい……。
楽しい筈なのに、心はどこか渇いている。自室でため息をついた。
『律希』
二人の顔が浮かんで、慌てて頭を振って掻き消す。
——空しい。
何で普通の友人のままじゃ駄目だったんだろう。
バカみたいに笑って、いつまで喋ってても会話が尽きない。
例え尽きたとしても、無言の空間すら心地よかった。
スマホでLINEを開く。
二人のトークルームはもうだいぶ下の方にあって、初めて指をスクロールさせた。
「くそ……っ」
メッセージを入力しかけて指をとめる。
スマホを放り投げた。
あんなに欲しかった彼女が出来たのに、二人と一緒に居た頃の方がずっと楽しかったとか思いたくない。
そしてまた一日が過ぎていく。
結局、初めて出来た彼女には一週間も経たずに振られた。
週末前の金曜日だった。
一週間の勤務を終えて楽しくなる筈の金曜日が、一人ぼっちの魔の金曜日へと変化してしまう。
振られた理由も、初めに顔を合わせた時のイメージと違ったから、という訳の分からない理由だったけれど「短い間ありがとう」とだけ返事をした。
二人の時と違って、別れた事にどこか安堵している自分がいる。
——帰ろ……。
会社の帰りに入ってきた別れのLINEをした後、律希は帰り支度を済ませてぼんやりと岐路を辿っていく。
気が付いたら誉のアパートの部屋の前にいて、扉越しに電話をかけていた。
『律希?』
三コールも鳴らない内に通話になった受話口に向けて、ボソリと呟く。
「お前らなんか嫌いだ」
開口一番に出た言葉は否定的な言葉だった。
『……』
黙ったままの誉に、また口を開く。
「なのに、何で……っ」
『律希?』
誉の声がどこまでも優しくて、胸の奥がざわついた。
同時に安心も出来て、ホッと息を吐く。
また思考回路がグチャグチャになった。
「なのに、何でこんなに寂しいんだよ、バカ!! お前らなんか……嫌いだ! ムカつくんだよ! ふざっけんな!」
言いたい事はまだたくさんあったのに、決壊した涙腺から涙が溢れて止まらなくなってそれ以上は喋れなくなった。
玄関の扉にゴンッと勢いをつけて額をぶつける。
何度かしゃくり上げていると、中から駆け寄ってくる足音がしたのが分かって、律希は弾かれたように扉の前から逃げ出した。
「「律希!」」
秀もいたらしい。
本当に仲悪くなかったことにまた腹が立った。
「マジで仲良しかよ! 人外滅びろ!」
今までの頑張りを返して欲しい。
振り返って叫ぶと、二人はもう目の前にいた。
——足速すぎんだろ!
アパートを出る前に二人に捕えられて、左右から抱きしめられる。
「彼女、出来た」
息も切れ切れに言うと、誉が苦笑した。
「知ってる」
「何で知ってんだよ……」
「可愛くて良い子なんでしょ?」
——いや、だから何で知ってんだよ。お前の情報網怖えよ。
「……さっき、振られた」
しかもよく分からない理由で。
「でもホッとしたんだ……最低だろ俺……」
すかさずガッツポーズを作った二人の頭をそれぞれ殴った。
腹は立ったが充足感に溢れている。
「何でだろうな……。お前らと一緒に居る方が何千倍も楽しかったとか、本当に最悪だろ。死にたい、俺……」
ずっとためていた本音を吐き出す。
「律希が死んだら標本にして海に持ち帰るね!」
「まず死ぬのをとめろや……」
声を弾ませるな。
悩んでいたのがアホみたいだ。
「律希、いい加減〝普通〟を諦めろ」
秀の言葉に視線を上げる。
「俺らから離れるのを諦めろ。普通も諦めろ。人生も諦めろ。倫理観も捨てろ。全部海の藻屑にしちまえ。つうか、ごちゃごちゃ言ってねえで、さっさと俺らんとこに嫁に来い」
「何だよそれ。夢も希望もねえな」
史上最悪の口説き文句だ。
秀らしくて笑えたけど、腹が立つからまた殴った。
「んなもん、いらんだろ。でも愛はあるぞ」
「そうそう。人魚って一途なんだよ。知ってた?」
「……知らねえよ」
「「愛してる(よ)、律希」」
当たり前だ。
今までの付き合いと、あの行為に愛も何もなかったら三枚におろしてそれこそ海に捨ててやる。
他の魚の餌になれば良い。
——コイツらの愛は歪みすぎてて間違いなく手に負えそうにないくらいに死ぬ程重そうだけどな……。
頭や頬に口付けながら最低な求愛をしてくる昔っからの友人たちだけれど、長い間一緒にいたからか、すっかり絆されていて側にいるだけで安心出来る。
最低な事しか言わないし、して来ないのに、触れてくる指先やキスだけ優しいとかムカつき過ぎて今度は泣けてきた。
「も……っ、訳……、わかんねぇ」
情緒不安定にも程がある。
一通りまた泣きまくって、だけどやっぱりムカつくから殴ってやった。
漸く心の中がスッキリしてくる。
「まあ……もう〝普通〟をやめるのもいいかもな」
そう言うと二人の顔が輝いた。
「律希! んじゃ今度は青姦しよ? 初めて会ったテトラ……「しねえよ!!!」……痛い! 律希さっきから酷い!」
問答無用で誉を地に沈める。
「誉が寝てる横で目隠しプレイ連続絶頂ハメ撮……「だからしねえっつってんだろ!!……」」
秀だろうと地に沈める。
——うん、前言撤回。俺はやっぱり普通がいい。
どこまでも残念すぎる誉と秀をシバいていたら気分が晴れてきて、そのまま家に向けて歩き出した。
——スッキリしたし、家帰ってご飯食べよ。
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