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しかし執着心と宇宙よりも重い愛しかない倫理観ゼロの二人に、十八年かけて己の退路は全て断たれているとは露ほどにも気がついていなかった。
束の間の〝普通〟を満喫しながら、律希は足取り軽く家路を急いだ。
「ただいまー」
「おかえりなさい、律希」
意気揚々とリビングまで行ったのはいいが、体が固まって動けなくなった。
両親の頭の上に何やらリモコンアンテナのようなものがついているのが分かったからだ。
「親父……お袋、それ……何?」
凝視して指を差す。
今朝家を出る時にはなかった筈だ。
なかったよな? と自問自答して頷く。
「何って?」
「いや、その頭の上のもの!」
「何かあるの? 何もないけど?」
両親が不思議そうな顔で頭の上を触っている。
しかもそのアンテナは触ろうとした二人の手を透過した。
——え? なに? 俺が変なのか? 幻覚?
律希が動揺していると、背後から慣れた気配を感じて勢いよく振り返る。
そこには誉と秀がいた。
「お義母さん、ただいま〜!」
「……いま帰った」
「は?」
「誉くん、秀くんもおかえりなさい。今日は三人が付き合って十九回目のお祝いだからたくさんご馳走作ったわよ。来年の挙式楽しみね!」
「わー! 嬉しい! お義母さんの料理、俺大好き」
「腹減った」
「ええええ? ちょ、待って……。は? 何言ってんのお袋!? つか、お前らまで何!? どうやってうちに入ってきた!?」
律希は慌てた。
それはもう盛大なまでに慌てた。
こうまで〝現実がおかしい〟と、今度はまるで自分が宇宙人になった気分になってくる。
——なになになに、どういう事? これ夢? え、夢? 何処から夢!?
もう混乱を極めている。
「え、普通に鍵を開けて入ってきたんだけど?」
そんなわけない。
二人に鍵なんて渡していないし、そんな余分な合鍵を作った覚えもない。
律希はパンク寸前の思考回路をフル稼働させていた。
「鍵? え、鍵? え? 何で? え、つか、そんな事よりあのアンテナは?」
「お前の両親は俺らがリモコンで操作できるように、昔深海にいるタコの婆さんに頼んで少しずつ呪いをかけておいた」
秀が真剣な顔で言った。
「倫理観仕事しろーーーーっ!!!!」
近所迷惑も顧みずに叫ぶ。
横隔膜も震わせて叫んだ。
「律希、声大きいよ。お義母さんたちもビックリしてるから」
「お前が黙れ誉っ!! 俺の親をお義母さんて呼ぶな!」
何処に行った?
何故消えた!?
もう寧ろ倫理観の方から来い。
今すぐ来い。
音速で来い。
「だからー、さっき秀が〝諦めろ〟って言ってたでしょ? 一回逃してあげたのにさ、律希から俺の部屋に来た時点でもう詰んでたんだよ。あれで無事に呪いも完成したしね〜!」
——嫌だ。こんなの嫌だ。何で俺コイツらと知り合ったんだろう? 何で今日誉の家に行った!? バカか俺!! これ何ていうクソゲーっ!?
製作者出て来い。庭に埋める。殴って沈めて捌いてリアルに埋める。この際自分が音速で動く。
涙を流しながら無茶苦茶な犯罪を計画しつつも、律希は床に蹲った。
プツン……と心のスイッチが下りる。否、折れた。
「あ……違う、漫画だ。これ……クソ誉が描いた漫画なんだろ? うん。漫画が良い。漫画見てる夢だろ……これ?」
現実逃避は大切だ。
心を守る武器になる。
心を守るの大事。とっても大切。
現実なんて要らない……。
それこそ海の藻屑となれ。
「え、律希。もしかして俺ら以外にも犯されたいの? 俺は良いよ? 超萌えるから。お仕置きセックス楽しかったね! 律希感じまくってマジで目がハートだったもんね。可愛かった〜! 毎日見たい! 滾る!! で、いつする? 海の生物がいい? それとも山? 陸に上がって色んな人外とも知り合いになったから選びたい放題だよ? その前に海でさ、俺と秀の二輪挿しで産卵プレイしない!?」
生き生きとした表情で口早に問いかけられ、律希は無言で立ち上がると取り出してきたガムテープをその口に貼ってリビングの扉から外に放り出した。
扉をバンバンと叩いているがスルーだ。
「おかわり」
「普通に飯食ってんじゃねーよ!!」
当たり前のように白米をおかわりしている秀の口に唐揚げを詰め込んでやってから、誉と同じようにガムテープを貼って外に放り出す。
しっかりと鍵を閉めてカーテンも閉じた。
「どうしたの? 喧嘩でもしたの?」
オロオロとしている両親に向けて「プレイだから気にしないでいいよ」なんていう日が来るなんて夢にも思わなかった。
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