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この漫画の主人公は己自身で間違いない。
エロ過ぎる事に怒るべきか、男であるにも拘らず人外に好き勝手されている事を嘆くべきか、親友に性的対象として見られているかもしれないと危機感を持つべきなのか分からない。
このままずっと現実逃避していたかった。
奥付けに【homare】と書かれているから、誉自身が描いてネットか何処かで販売しているのは間違いないだろう。
百冊も同じ漫画があるのは誉が購入したのではなく、出来上がった原稿が印刷所から送られてきたのだと考えると納得出来た。
「名前くらい変えろよ! つーか、アイツこんなエグいもん描く趣味があったのか」
——いわゆる腐男子というものなのか?
十八年付き合いのある親友の意外な一面だったが、知りたくなかった一面でもあり、これからどう接していけば良いのか本気で悩んだ。
趣味は趣味で別で良い。律希がどうこう言える立場ではない。
問題は主人公が自分だという事だ。
幸いな事に今誉は近くのコンビニに朝食を兼ねた昼食を買いに行っているので部屋には居ない。
このまま何もなかった事にして急用が出来たから家に帰るとLINEを飛ばそうとした所で玄関の扉が開いた。
「ただいま〜。律希の好きなカフェオレも買ってきたよ〜」
間延びしたやる気無さそうな声を聞いて、ビクッと肩をすくませる。
——もう帰ってきた!!
誉の歩幅だと玄関から数歩で辿り着く。
こういう時部屋がひとつしかないのはツライ。漫画をしまう時間もなく誉が顔を覗かせた。
「律希ー? いるんじゃん……、て、あ」
「……」
「……」
重苦しい沈黙が流れる。
視線を合わせたまま、ここの空間だけが切り取られたような気がした。
「あーーー……、見ちゃった?」
気まずそうに右頬を指でかいた誉が苦笑する。
ここまで来たらもう引き返せない。徹底的に追求してやろうと律希は口を開いた。
「誉! お前、人を使って何してくれてんだ。せめて名前変えるとか、顔を変えるとかしろ! それに何だよこの薄くてデカい本!」
「え、同人誌知らない? それにさ他の奴じゃなくて、律希が描きたいんだよね。顔も名前も変えるとかあり得ないでしょ。律希ってば超エロ可愛いって大人気なんだよ? さすが俺の推し!」
悪びれた様子一つ見せずに、誉の瞳がキラキラと輝いている。律希の思考回路の方は停止寸前だった。
「推し……同人誌……エロ可愛い」
おうむ返しに口にする。
でも良く良く考えてみると、誉には彼女が居るはずだ。何故己にしたのだ、と疑問が尽きない。
「少し前のイベントでも行列出来ててさ。びっくりだったよ! 丹精込めて律希を開発したかいあるよね」
「漫画の中でな! つか、俺を勝手に出すな!」
——イベント?
駄目だ。全くと言って良いほどついていけない。
いや、説明して欲しくもなければ理解したくもないけれど。
ベッドの上に投げつけたばかりの同人誌に手を伸ばす。
「だって俺、律希が人外やら何やらにヤラレまくって快楽堕ちするのを想像するのが一番好きなんだよね。でも現実はそんな事にならないし。なったら地上じゃ法に触れるし。だからこうして形にしてるんだよ。もうさ、無いなら自給自足するしかないでしょ! 妄想爆発するでしょ! 俺は律希が犯されるのを見てて興奮すんの。結腸責めされて善がり狂う律希最高っていうか。何から何まで平凡で普通なのに犯されてる時だけエロいって何? 滾りますけど? ザーメンかけられて悦に浸るとことか。イラマさせられてんのに勃っ……「やめろ変態! 悪かったなっ、何から何まで平凡で! お前とはもう友達やめるっ!!」」
ノンブレスで説明し始めた誉の言葉を遮って、同人誌を剛速球で投げつけた。
——性癖歪み過ぎだろ!
前々から変な奴だとは思っていたが、思ってた以上に誉の脳みそはイっちゃってた。
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