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「いっだぁあああ! 待って、律希。今日も萌えの補給をっ!」
「知るか!」
本の角が額に直撃したにも拘らずに、まだ訳の分からない事を喚きながら引き留めようとしてくる誉に蹴りを入れて地に沈める。
律希は急いで部屋を出ると全力疾走した。
自分家と誉のアパートとの中間地点まで来て歩を緩める。
今となっては、互いの家が近いのはデメリットでしかなかった。
脳裏で誉の顔が過って消えていく。
残念なイケメンてきっと誉を指す言葉だ。
やたら輝かしい顔は俳優顔負けだし、声も良い。その上、高身長で細マッチョの体も、長い手足も相まって良い男を演出している。
なのに頭の中……否、思考回路が気の毒を通り越して宇宙人過ぎた。
——残念ながら俺には日本語しか分からない。
理解不能である。特に誉の性癖は、成長過程で拗れた上に曲がりくねってもう末期さえも通り越している。
妄想街道まっしぐらどころか、脇道に逸れて迷宮入りしてしまっていたとは……あの漫画本を見るまで知らなかった。
——お前どこで道を踏み外した!?
逡巡しながら自宅へ向けてトボトボ歩いていると、目の前に誰かの足元が見えた。
「律希?」
名を呼ばれて顔を上げる。そこには誉の一つ上の兄、秀がいた。
「秀……」
誉がまだ実家暮らしをしていた時は、この二人はいつも喧嘩ばかりしていた。
ちょっとした言葉のやり取りでも部屋の壁に穴を開ける奴らだ。
どうしてそこまで反りが合わないのかは分からないけど、それをいつも止めていたのが律希だった。
「っにしても、相変わらず平凡だなお前」
秀が喉を鳴らして笑う。
兄弟揃って同じ事を言われ、腹が立った。
「どうせ平凡だよっ俺は!」
——お前らと比較するな!
つい喰ってかかる。
「別に悪いなんて言ってない」
秀も誉同様、やたら顔もスタイルもいいのだ。
性格や喋り口調、髪型とか好む服や装飾品などは全く違うが。
誉は色素の薄い髪の毛をしているので一見チャラ男にしか見えないが、秀は黒髪の唯我独尊男で俺様気質の一匹狼だった。
色々な箇所がピアスだらけで、耳だけに飽き足らず唇や舌にまで開いている。口数は少ないけれど、それがまた彼自身の魅力を引き立たせていた。
幼少期からこの兄弟と共に育ってきたが、佐々木家の顔面偏差値の高さは異常である。
「これからどっか行くのか、秀」
「ああ。野暮用にな」
「遊び?」
「遊びじゃない。ああ、律希お前も付き合え」
突然の申し出に首を傾げる。
「何処に?」
「今からあのバカのとこ行くんだよ。お前も一緒に来い」
——バカのとこ? て、まさか……。
「もしかして誉のとこ行くの?」
「そうだ」
言いながら腕を引かれて、引き摺られる。
「いや、無理無理無理無理! 俺、誉んとこから逃げだして……、違っ、帰ってきたとこだから無理」
思いっきり足を踏ん張って首を左右に振り続けたら、秀が足を止めた。
「何だ、珍しい。喧嘩でもしたのか?」
「そうじゃないけど……。今は誉と顔を合わせたくないから行かない」
一方的に絶縁発言してきたとは言い難い。
「ああ? 喧嘩してねんなら良いだろ。それに俺が行くっつってんだから行くんだよ。さっさとしろ」
——何この暴君。
再度腕を取られて引き摺られた。
そういえばこの人昔っからこうだったな、と考える。強引で人の話なんて聞きゃしない。
——しかも何で態々恋人繋ぎに直した?
律希は誉のアパートへとドナドナされる羽目になった。
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