*さわがしい*

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「へえ、社員みんなでお花見に行くんですね!」  午後の仕事の合間のこと。私の相槌に、課長はわくわくするような目で頷いた。 「今まで、コロナ禍で忘年会も新年会も中止だったでしょ。当日は業務を早く切り上げて、例の公園で飲み食いするの」  私は、精一杯の作り笑顔で言った。 「そうなんですね。すごく楽しみです!」  もちろん、これは大嘘だ。本当は、心の底から憂鬱だった。その日だけ休めたらいいのに、と強く願った。  皆でおしゃべりしながら物を食べるのが、私は昔から得意ではない。だって、たくさんの人に囲まれると圧迫感があるし、近くで大声で話されると、本当にびっくりするから。気が休まらなくて、食事が喉を通らないのだ。  遠足でお弁当を食べる時、すごくつらかったのを覚えている。私は一人で食べたかったのに、先生が「みんなで食べた方がおいしいよ」と言って、無理やり輪の中に押し込んだ。余計なお世話だと思った。私は休み時間、教室の隅で一人で本を読んだり、お絵かきしているような子供だったから、おしゃべりする相手なんているはずがなかったのだ。たくさんのクラスメイトに囲まれても、私は終始ひとりぼっちだった。  私には今もリアルの友達がいない。誇張じゃなくて、本当に一人もいない。高校や大学の知合と連絡先を交換したこともあったけど、嫌なことがあると、連絡先を全て削除した。別に困らなかった。どうせ繫がっていたって、食事に誘われておしゃべりをするだけなのだから。  私にはどうしても理解できないんだけど、ほとんどの人間は、一緒に食べながらわいわいするのを楽しいと感じるらしい。静かに食べた方が落ち着けるし、味にも集中できるのに、どうして無闇に群れて、騒ぎ立てるんだろう。  そんなことまでして、職場の人たちと仲良くなりたいとは思わない。自分で選んだ会社だから文句は言えないけど、これと言って面白くもないし、やりがいも感じない。日銭を稼ぐためだと割り切って働いているのだ。同僚とつるむ彼らのことを、私は別の生き物のように思っていた。
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