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「えっ! 酒飲んだことないの?! 大学で飲み会とかなかったの?」
お花見に持って行く、酒類のリクエストを訊かれた時。正直に「ありません」と答えたら、係長にひどく驚かれた。
静かに微笑み、私は頷いた。
「遺伝ですよ。両親もお酒がダメで……」
これは本当だ。私はお酒が一滴も飲めない。
そういえば前に、主人公が同窓会で酔っ払って、自分がパラレルワールドに来たと錯覚するお話を書いた。全篇想像で書いたわりには、あれは意外と評判がよかった。作者はお酒なんていっぺんも口にしたことないし、同窓会にも誘われなかったんだけどね。
「そうなのか。最近の若い子には、そういう人もいるのか」
「年齢とか世代は、関係ないと思いますよ」
私は言った。
係長はメモ帳とペンを持ってその場をうろうろし、もう一度、確認するように言った。
「本当に、一口も飲んだことないの? 試しにちょっと味見してみたら?」
彼にとっては、私のような存在が不思議でしかたないらしい。
「おすすめしてくださるのは嬉しいんですけどね」
「酒を飲んだことないなんて、人生損してるよ」
一瞬、頭の中がまっしろになった。
私は何か言おうとしたけど、唇がぴくりと動いただけで、声にならなかった。胸がいつも以上にばくばくしていた。
「そ、そうかもしれませんね。えへへ」
やっとの思いで、笑って見せた。
逃げるように、その場を離れる。春の空がまぶしかった。ほの暗い廊下を突き進み、私は呟いた。
「私の人生を、あなたに評価されたくないよ――」
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