嘘つきな青木くん

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嘘つきな青木くん

これほど、大好きで これほど、嘘つきな 君を…。 私は、ずっと… ♡♡♡♡♡ あれは、10年前。 まだ、私が25歳の時の出来事だった。 当時、私はラブホテル【モリノ】で働いていた。 そこで、お風呂担当の君に出会ったんだ。 「初めまして!今日から、一人立ちでしょ?」 「あっ、はい」 「俺の名前は、青木陽二(あおきようじ)。君の名前は?」 「あっ、私は、嘉納利奈子(かのうりなこ)です」 「利奈ちゃんかぁー。よろしく!あっ、馴れ馴れしかった?」 「いえ」 私は、青木さんと握手を交わした。 客室が、二階、三階合わせて、14室しかないこのラブホテルは、昼間は掃除係が、各階に一人ずつ配置されているけれど、お風呂係は一人だった。 私がここにやってくる三ヶ月前に、青木さんは働き始めたばかりだった。 前のお風呂係の人が、定年を迎えて、社長は若い人を雇いたかったらしい。 「利奈ちゃんって、何歳?」 「私は、25です」 「へー。俺の3つ下」 「えっ?そうなんですか!」 洗面所の掃除をしている私に青木さんは、話しかけてくる。 「そうそう!何でまたラブホテル?」 「えっ!あー、前の職場が潰れちゃったんです。あの、複合施設の中にあったケーキ屋さんが…」 「あー、もしかして、タンポポ?」 「そうです、そうです」 「美味しかったのに、残念だよね」 「そうなんです」 私は、そう言いながらトイレ掃除に向かった。 「結局、結婚するような年齢だからって!どこも、バイトの面接落ちちゃったんですよ」 「えー、女性は大変だよね」 「そうですね」 私は、トイレ掃除を終えると、また洗面所に戻ってきてバケツに水を入れて床を拭き始める。 「あの、青木さんは…」 「さんじゃなくてくんでいいよ」 「あっ!はい。青木くんは、何でここに?」 「あー、俺はね!ずっと、夢を追いかけてたんだよ」 「夢ですか?」 「そうそう!ミュージシャン目指してて!それで、もう諦める事になって。で、ここに…。給料よかったから!」 「そうだったんですね」 私は、床を拭き終わった。洗面所で、水を流してから綺麗に洗面所を整える。 「じゃあ、俺は次の部屋に行ってるね」 「はい」 私は、ベッドメイキングを施して、コップ類を整えて、掃除機をかけてから次の部屋に行く。 次の部屋に入ると、窓を開けて、すぐにはたきで全体的にホコリを飛ばしておく。そして、また洗面所に行くのだ。 「結構、大変な仕事だよな」 「そうですね」 私は、青木くんと話しながら洗面所でお皿を洗っていた。 こんな風に繰り返しの作業を9時から16時頃まで続けるのだった。 そんな密室での作業を、週6日していた若い私達が恋に落ちるのに時間なんてかからなかった。 ♡♡♡♡♡♡ 【モリノ】で、働き始めて半年がたった頃だった。 「ねー、利奈ちゃんって、彼氏いるの?」 突然、青木くんにそう言われて私は動揺していた。 「いないです」 私の言葉に、お風呂掃除を終えた青木くんが洗面所の掃除をしている私の後ろに立った。 「何ですか?」 私は、鏡越しに青木くんを見つめる。 「俺と付き合ってよ」 鏡にうつっている、淡いブルーの髪の毛と少しだけつり上がった大きな目…。私は、頷いていた。 「めちゃくちゃ嬉しい」 そう言って、抱き締められる。 「利奈ちゃんって、一人暮らしだったよね?」 「はい」 「じゃあ、今日仕事終わったら行っていい?」 「はい」 「じゃあ、次の部屋に行くわ」 そう言って、青木くんは私から離れて次の部屋に行った。 こうして、私と青木くんは付き合う事になったのだった。 「お疲れ様です」 「お疲れ様でした」 仕事が終わると夜の担当の方と入れ違いに私達はあがる。フロントさんに挨拶をしてからタイムカードを押した。もう一人の掃除係は、55歳の村井花代(むらいはなよ)さんだ。 「じゃあね」 「また、明日です」 村井さんは、電動付きの自転車で通っている。家に帰るまで、自転車で50分かかるから村井さんは、終わるとすぐに帰って行った。 私達が休みの日は、夜の担当の牧瀬典子(まきせのりこ)さんが私と村井さんの代わりを努めてくれていた。お風呂は、宮村章二(みやむらしょうじ)さんが青木くんの代わりに入るのだ。私と青木くんは、だいたい同じ曜日が休みだった。それは、隔週でことなっていた。 私と青木くんは、いつも駅前でお別れする。私は、徒歩で20分の場所に住んでいて…。青木くんは、電車で30分先の場所に住んでいた。いつもは、この場所でバイバイするのだけれど…。 私達は、今日から付き合ったのだ。 駅前で別れる事がなく青木くんは、私の家までやってきた。 ガチャ…。 家の鍵を開けて、青木くんを入れた。 「お邪魔します」 「どうぞ」 「ザ、女の子の部屋って感じだね」 「そうですかね?コーヒーいれますね」 「うん」 1DKの私の小さなお(うち)に青木くんがやってきたのだ。 私は、インスタントコーヒーをいれて青木くんに渡した。 「ありがとう」 「いえ」 「煙草吸っていいかな?」 「あっ、はい」 私は、引っ越してきてから二回しか使っていなかった。黄色の星の形をした小皿を青木くんに渡した。 「ありがとう」 「はい」 窓を少しだけ開けた。 「利奈、横に座ってよ」 すぐに、呼び捨てにされていた。 「うん」 私は、青木くんの隣に座った。 ドキドキが止まらなかった。 「利奈」 そう言って、青木くんは私の腰に手を回してくる。 「まだ、早いです」 「そうだよな!ごめん」 押し倒されそうになったのを私は断った。 「こっちこそ、ごめんなさい」 「いいの、いいの。ゆっくりな」 そう言って、青木くんは笑ってコーヒーを飲んだ。 「でも、キスぐらいいいよな?」 青木くんは、星の小皿で煙草を消してから私に言った。 「はい」 私と青木くんは、この日キスをした。 それからは、毎日仕事が終われば青木くんはこの家にやってきた。そして、八時には帰って行った。そして、一ヶ月後、私達は一線を越えた。 それからは、野生の本能が目覚めたのか…。家に来る、体を重ねるを繰り返していた。 「たまには、外でデートしたい」 付き合って、5か月が経っていた。もうすぐ、街はクリスマスの色に包まれるのをわかっていた私はそう言っていた。 「俺は、利奈の家が好きだよ」 「だって、青木くん。そればっかりじゃん」 「それが一番いいんだって」   私は、またこうやって流れに任せて流されてしまう。 「休みの日にどこかに行きたい」 「休みはゆっくり寝たいんだよ」 「じゃあ、来週の休みの前の日は泊まって」 「だから、休みの日はゆっくり寝たいんだって」 「泊まったって、ゆっくり出来るでしょ?」 「利奈!わがまま言うなら、俺達もう…」 この話をすると青木くんは、私に別れようと言うようなニュアンスを含んだ言い方の言葉を言ってくる。 「嘘だよ、嘘」 「よかった、利奈」 そう言って、髪を優しく撫でられて、また肌を重ねる。 私も友人みたいに、外でデートや旅行にだって行きたかった。それが、無理でも休みの前の日ぐらい泊まってくれてもいいのに…。 「青木くん」 「そろそろ、陽二でいいのにね」 「何か、まだちょっと照れ臭いかな」 「そっか…」 「私の事、好き?」 「利奈は、俺の事好き?」 「うん」 「同じだよ」 そう言って、青木くんは私の頬を優しく撫でてくれる。 今、気づいたけれど…。私は、青木くんから好きだと言われた事がなかった。 好き?って尋ねたら、利奈は?といつも言われる。 私が好きだと言ったら、青木くんは同じだよってしか言わなかった。 いつも、どこかはぐらかされている気がしていた。 「じゃあ、帰るわ」 「うん」 「また、明後日な」 「うん」 青木くんは、今日も時間通りに八時には帰って行った。 もしかして、青木くんって彼女が別にいたりするんじゃないの? 私の中で、初めて疑問が生まれた。 八時に帰宅するのは、同棲してる彼女がいるからとか? そんなわけないよね。 私と八時までいるんだもん。 でも、外でデートしてくれないのは? 旅行も疲れるから嫌だって言われた。 いったん疑問に思い出すとそれを消し去る事は、不可能だった。 部屋を見つめながら、わずか5ヶ月で青木くんの存在を植え付けた部屋になってしまったのを感じる。 お揃いのハート柄のマグカップ。豆から挽いたコーヒーがいいからと言われて買ったコーヒーやコーヒーミルや コーヒーサーバーセット。至るところに、青木陽二が存在した。 洗面所にある歯ブラシだってそう。 フェイスタオルだってそう。 そして、私の下着も… 家にいるだけだからと、青木くんは私の下着に口出しをした。シンプルじゃなく、もっとセクシーなものがいいと…。帰宅すると私は、まずそれに着替えさせられた。それから、ベビードールを着るように言われた。 私の身体中にも青木陽二が存在している。 そして、また青木くんとのそんな日常を繰り返してしまうのだった。でも、一つだけ違うのは…。 あの日、生まれた疑問だけはどんな事をしていても消える事がなかった。 「クリスマスは、過ごせる?初めてだから、料理作るよ」 「いらないよ!八時には帰るから」 そう言って、青木くんは煙草に火をつける。 どうして、八時に帰るのかの疑問が生まれた。 「たまには、ご飯食べない?一緒に…」 「それは、母さんが悲しむから無理なんだよ」 母さん…… 初めて出てきたワードだった。 「それなら、仕方ないね」 「ごめんな!利奈」 そう言って、頭を優しく撫でられておでこにキスをされたら私は何でも許してしまう。 そんな関係に進展が訪れたのは、クリスマスの日だった。 「嘉納さん、遅番の桜木さんが来られなくなっちゃって…。明日は、お休みしていいから今日入ってもらえないかしら?」 「あっ、はい」 クリスマスの予定が、家で青木くんと抱き合うだけしかなかった私はフロントの柏木さんのお願いを聞いた。 「じゃあ、お疲れ様です」 「お疲れ様でした」 青木くんは、少しだけ不服そうな顔をして帰って行った。初めて入る夜は新鮮だった。私は、村瀬さんと一緒にベッドメイキングをしていた。 「青木くんの赤ちゃんの写真見せてもらった?」 「えっ?」 私は、村瀬さんの言葉に動揺していた。 「まだね、7か月なんだよ」 村瀬さんは、気にする様子がなく話を続ける。 「そうなんですね」 「奥さん、昨日実家から帰ってきたばかりでねー。それまで、青木くん。毎晩テレビ電話だけだったって」 「テレビ電話ですか?」 「そうそう!夜の九時にかけるのよー」 村瀬さんの言葉に、青木くんが私の部屋から八時に帰宅する謎が解けた。 「知らなかったです」 「あんまり、若い人同士って、そんな話をしないものね」 「ですね」 今になって、青木くんが不服そうな顔をした理由がわかった気がした。おしゃべりな村瀬さんに喋られるのを恐れたんだ。 村瀬さんは、私が聞いてもいない事をペラペラと延々と話してくれた。そして、私は秘密と共に帰宅した。 次の日、平然と青木くんは現れて、平然と私を抱いた。 私も青木くんの嘘を知りながらも、離れられなかった。この家と同じだ。私は、青木くんを拒むにはあまりにも深く青木くんが染み付いてしまった。 「じゃあ、帰るわ」   「うん」 クリスマスの前と違うのは、青木陽二は6時に帰宅するようになっただけだった。 他は、何も変わらなくて…。 私は、青木陽二を拒めるほど強くはなかった。 ♡♡♡♡♡♡♡ あれから、10年。 私と青木くんの関係はまだ変わらないままだった。 「利奈、結婚おめでとう」 「ありがとう」 変わった事は、一つだけ…。 私が、明日結婚をする事だけだ。 「青木くん、私の事好き?」 「利奈は?」 「好きだよ」 「同じだよ」 ほら、君は10年前と何も変わらない。 あの時と何も変わらない。 嘘つきだね、青木くん 私と同じ、嘘つきだね
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