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しばらく実家で過ごした後、重い足取りで向かったのは地元で一番大きなホテルで、中に入ると分かりやすく同窓会の会場を知らせる案内板が立っていた。
会場の入り口近くにある受付に行き、名前を伝えて会費を払う。それだけで緊張して、会費を渡す手が震えそうだった。
受付にいた2人は、多分当時の生徒会メンバーとかなんだろうけど、私には全く誰か分からなかった。
もう卒業してから10年が経つし、当たり前と言えば当たり前なのかもしれない。私が大人になったように、皆もそれぞれ大人になっている。面影ぐらいはあるのかもしれないけど、在学中も大して交友関係が広くなかった上に、卒業以降ほぼ親交がなかった私には、名前も思い出せない。
3年間同じ学校で過ごした同級生の集まりなのに、なんともアウェーな雰囲気を凄く感じてしまう。
恐る恐る会場に入ると、中には既にそこそこの人数が集まっていて、皆それぞれ楽しそうに会話をしていた。
「久しぶり! 元気だった?」――そんな再会シーンの常套句から、近況を報告しあったり、懐かしい思い出話に花を咲かせているグループがそこかしこにいる。
けれど、私はその輪には入れなかった。自分からも話しかけられないし、周りも私が入ってきたことには気付いているのに、話しかけてこない。
多分、私が誰なのか分からないんだろうな。私が皆を誰なのか分からないように。
名前も思い出せない相手に話しかけられる人はそうそう居ないのが普通だから、何も変じゃない。現に私がそうなんだから。
お互い様な状況に内心苦笑していると、今日の主役であり目的の人物である橋本先生の周りから、丁度人が居なくなったのに気付いた。
「あの――橋本先生、お久しぶりです。広山美月です。覚えていらっしゃいますか……?」
果たして先生は自分のことを覚えているだろうか。皆と同じように忘れられていたらどうしよう――そんな不安を感じながら恐々話しかけると、先生はパッと懐かしい笑顔を向けてくれた。
「勿論覚えているわよ。広山さんは部活でも私の教え子だったんだもの」
先生のその言葉を聞いて、ホッとしたと同時に嬉しさと懐かしさが込み上げてくる。
「卒業してから全然会わなかったけれど、元気そうで安心したわ。それに、綺麗になったわね、広山さん」
「いえ、そんな……先生もお元気そうで良かったです」
「今は何処で何をしているの?」
「東京で茶葉の製造や販売をするメーカーに勤めてます」
「あら! 流石は元茶道部の部長ね」
「とは言っても事務なので、製品に直接関わることは殆どないんですけどね」
「それでも良いじゃない。変わらずお茶が好きなんでしょう?」
「はい」
小さい頃からお茶の類が好きで、日本茶や紅茶だけじゃなく抹茶も大好きだった。
中学では珍しい茶道部に迷いなく入部したのも、お茶が好きだからという単純な理由。茶道なんて一度も経験がなかったから、作法とかを覚えるのは大変だったけど、部活は抹茶が飲める幸せな時間だった。
大人になった今でもお茶好きは変わらなくて、飲み物は必ずお茶を選んでしまう。
就活の時もお茶のメーカーばかりエントリーしていたら、周りにはもっと色んな業種にエントリーした方がいいんじゃないかと言われたこともあったぐらいだ。
そのまま先生とずっと話をしていたかったけれどそうもいかず、先生が他の人達の所へ行ってしまってからは、会場の隅っこで1人で過ごすことにした。
用も済んだし、もう帰ろうかな……そう思いながら、なんとなく会場を見回していた時だった。
私と反対側の壁付近で、男性ばかり集まっているグループに思わず目が止まった。その中に、新幹線に乗る時に見かけた男性がいたからだ。
同級生だったとは思わなかった。見たことがあるような気がしたのも当たり前だ。多分向こうも、私になんとなく見覚えがあるような気がしたんだろうな。よく私を『見覚えのある人物』として認識したなあとは思うけれど。
男の子でそれなりに会話したことがあったのは、近所に住んでいた幼馴染の聡太君と酒井君ぐらいだったはずだし、聡太君は今海外に住んでいると少し前に聞いたから、きっと同窓会には来ていない。
ということは――?
「……まさか」
嫌な予感がする。
言われてみれば、面影があるような気がしないでもない。
一見無愛想に見える無表情さ。周りの旧友達は楽しそうに笑っているのに、ニコリともしていない。だけどちゃんと話は聞いていて、時々フッと口元を優しく緩ませている。その表情に、見覚えがあった。
確かめるようにその人を見つめていると、視線に気付いたのか、彼が顔を上げた瞬間に目が合ってしまった。
あっ……と思って、慌てて目を逸らす。
あまりにもあからさま過ぎた気がして恐る恐る目線を戻すと、彼は再び話の輪に参加しているようだった。しかも、さっきまでは聞くばかりだったのに、今は自分も何か話をしているようだ。
「……帰ろう」
目的だった先生とも話が出来たし、もうここにいる理由はない。
先生には帰ることを伝えようかと思ったけれど、変わるがわる色んな人達に囲まれているから割って入ることも出来ず、近くにいたホテルのスタッフに伝言をお願いして、私は静かに会場を後にした。
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