1.望まぬ再会・望んだ再会

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会場を抜け出し、ホテルを出たところでホッと息を吐く。 何だか変に疲れちゃったな。実家までは徒歩圏内だし、気分転換も兼ねて久しぶりに懐かしい道を歩いて帰ろう。 そう思って、歩き始めてすぐだった。 「――広山!」 誰かの呼び声がして振り返ると、こちらに向かって走ってきている男の人の姿が見えた。 「え……」 さっき会場で見ていた相手が、息を切らしながら目の前にやってくる。 「酒井君……」 思いがけない人物の登場に、思わず名前が口をついて出てきた。 ――もう彼が誰なのかは確信が出来ている。 酒井慎也君。私の初恋相手で……一番会いたくなかった人。 「どうして……」 まさか彼が私を呼び止めるとは思わなくて、驚きが隠せなかった。 さっきまで楽しそうに話をしていたはずなのにどうしたんだろう。私に用事なんてないはずなのに。 戸惑う私とは裏腹に、彼は嬉しそうに少し表情を緩めた。 「俺のこと、覚えててくれたんだな」 「そ、れは……」 一番忘れたくて、それでも忘れられなかった人だから―― ほんの一瞬懐かしさを感じたけれど、覚えていた事を彼に知られてしまった事をすぐに後悔した。 酒井君にとっては結局、あの時のことなんて取るに足らない出来事でしかないんだろうな。そうじゃなければ、多分こんな風に話しかけられないはずだから。 今でもあの時の事に縛られている自分が酷く滑稽に思えてきて、段々と顔が俯いていく。 「……酒井君こそ、よく私のことなんて覚えてたね」 どうしても皮肉混じりの言い方になってしまう。 だけど酒井君はそんな事に気付きもせず、さも当然のように「覚えてるに決まってるだろ」と言ってのけた。 「もう帰るの?」 「……うん」 「この後何か用事でもあるのか?」 「別に……そういうわけじゃないけど」 「……じゃあさ、少しでいいから俺に時間くれないか。話したいことがあるんだ」 酒井君と2人きりってこと……?そんなの絶対に無理。 なんとか理由を付けて断ろうと俯けていた顔を上げると、不安気に見つめる彼と目が合った。 何で酒井君がそんな目で見るの……? 「……同窓会、途中で抜けちゃっていいの? 友達と話してたのに」 「別にいいよ。今は広山と話す方が俺にとって大事だから」 同窓会よりも優先するような話って事だろうか。卒業してから1度も会ってない私に……? 「……少しだけ、なら」 「ありがとう。確かこの近くに公園あったよな。そこ行こう」 結局断りきれなくて、彼の少し後ろを付いて行く。 それは横並びで歩くことを躊躇ったからだったのに、何を思ったのか、酒井君はすぐに歩調を緩めて横に並んだ。 「悪い。歩くの早かったよな。その靴歩きにくそうなのに、気付くの遅れた」 全然見当違いな気遣いなのに、そんな優しさを見せられたら、ありがとうと言うしかない。 中学生の時から、見た目に反して気遣いが出来る優しい人だったな。だからこそ、ショックが大きかった。 「あそこのベンチに座ろう。何か飲むか? そこ自販機あるから、いるなら買ってくるけど」 「ううん、大丈夫」 「そうか? 俺ちょっとお茶買いたいから、先にベンチ座ってて」 頷きだけで返事をして、1人で公園の中に歩いていく。昼間は賑やかなはずの公園だけど、流石に夜の20時を過ぎると人気はほとんどない。 公園の入り口から見えていたベンチの端に座ると、すぐにお茶のペットボトルを抱えた酒井君がやって来た。 「お待たせ」 目の前にやってきた酒井君は、一瞬の間を置いて、私との間に少しだけ空間を作ってベンチに座った。 「広山と話すの、中学以来だな。卒業してからは全然会わなかったし……元気だったか?」 「うん……あの、話って何……?」 「ああ……その、さ……」 言いにくい話なのか、酒井君は私から目を逸らして地面を見つめ始めた。両手をキツく握りしめているのか、指先が少し白くなっている。 「――誤解を、解きたいんだ」 「誤解……?」 「中3の時に、俺が告白したの覚えてるか?」 一瞬で体が強張った。 彼は一体、何を話そうとしているの……? 「あの時広山、『酒井君がまさかそんなことするなんて……見損なった』って俺に言ったよな?」 あの時の記憶が鮮明に蘇ってくる―― あの日、私は確かにそう言った。酒井君があんな最低な遊びに参加するなんて思わなくて、ショックだったから。その気持ちが、そのまま言葉として口から出てきた。 「あの時さ、何でそんなこと言われたのかすぐには分からなかったんだ。俺が想像してたのは、友達としてしか見れないってフラれることだったし……だから、何でお前が泣いて走り去ったのかも分からなかった」 フラれる事を想像してたってどういうこと……?だってあれは、罰ゲームのはずでしょ……? 「後で知ったんだ。罰ゲームで告白するひどい遊びが流行ってるって。広山は、俺の告白をそれだと思ったからあんな事言ったんだよな?」 「だって、実際にそうだったでしょ……?」 「それは違う! 俺はあの時、本気でお前に告白したんだ」 パッと顔を上げた酒井君に、真剣な表情で見つめられる。その目は、嘘を言っているようには見えなかった。 「でも……だってあの時、私に声をかける前に他の女子とコソコソ何か話してたよね? えっと、ほら……そう、高峯さんと。だから私……」 高峯さんは、あのゲームをやってたグループの中心とも言える綺麗な女の子で、彼女と内緒話をしているのを見たすぐ後で私が呼び出されたから、てっきり彼女に罰ゲームをやるように催促されたんだと…… 「高峯……って誰だっけ……?」 酒井君は首を捻りながら記憶を辿るように考え込むと、しばらくして思い出したのか、あっ、と小さな声を上げた。 「あいつか! そういえば、なんか呼び出されてたような……?」 「呼び出された?」 「お前に告白するつもりだったから、確か後にしてくれとかって断ったんじゃなかったかな。よく覚えてないけど」 「……後で高峯さんのところ行ったの?」 「いや……それどころじゃなかったし、呼び出されてたことも今の今まで忘れてたよ。そういやあれ、何の用事だったんだろうな?」 もしかして高峯さん、酒井君に罰ゲーム実行するつもりだった……とか? そういえば、あの後ぐらいから被害者がいなくなったような…… 「……なあ。今の話を聞いてるとさ、その高峯が例のゲームをやってる奴だったってことで合ってる?」 「うん……」 「そっか。じゃあやっぱり、誤解されてたんだな」 それきり黙ってしまった酒井君は、また地面を見つめ始めた。その横顔を見ていると、じわじわと罪悪感に苛まれてくる。 誤解してたとはいえ、酒井君に酷いことをしてしまった。 告白をしたことがなくても、それが勇気のいる行動だってことは分かる。それなのに……私は、自分が好きになった人を一瞬も信じようとしなかった。 初恋の人を、好きだなって思った人を信じられずに、10年間も自分だけ傷付いたみたいに思って、なんて最低な女なんだろう……酒井君が初恋なんて、そんなこと言う資格ない。 「ごめん……ごめんなさい……」 「急に何謝って……お前が謝ることなんて何もないだろ?」 「そんな事ない……! だって私、酒井君に酷いことしたんだよ? 最初から告白を嘘だって決めつけて、見損なったなんて酷い言葉まで投げつけて……」 見損なわれるのは、私の方だ。 謝ったからって許されるとは思わないけど……今私に出来ることは、謝ることだけだ。 「本当にごめんなさい……!」 「……そんなに謝られたら、付け込みたくなるんだけど」 「付け込む……?」 「謝らなくていいからさ……代わりに、俺のお願い聞いてくれないか?」 「お願い……? いいよ。私に出来ることなら何でも」 「じゃあ、俺とデートして」 「え?」 考えてもいなかったお願いに、私の思考回路が止まった。
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