2.お詫びとデートと2人の関係

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前の停車駅から10分後、定刻通りに着いた電車から解放された私は、こっそりと息を吐き出した。 10分って早い時はあっという間に過ぎるのに、今は何倍も長く感じた。 「どうした? 気分悪い?」 少し俯いて呼吸を繰り返しながら鼓動を落ち着けていると、横から心配そうな顔に覗き込まれた。その距離の近さに、少し落ち着き始めていた心臓の動きがまた早くなる。 「ううん! 大丈夫だよ」 「本当か? 何かあったらちゃんと言えよ?」 「うん。ありがとう。それより、チケット売り場混んでるかもしれないし早く行こう」 「そうだな」 駅から少し歩くと、目の前に大きな建物が見えてくる。 そこが今日の目的地――水族館だ。 「おお。本当に混んでるな」 チケット売り場の予想以上の混雑具合に、2人で驚いてしまう。 家族連れに恋人同士に学生さんのグループにと、色々な人で溢れている。 「やっぱり前売り買っとくべきだったか」 「ごめんね……私の返事が遅かったから」 行き先が水族館に決まったのは、昨日の夜だった。当然、前売り券なんて買えるわけがない。一昨日私が寝落ちしてなければ、昨日買えたのかもしれないけど…… 「いいよ。忙しくて疲れてたんだろ? とりあえず並ぶか。結構窓口多いし、案外すぐ順番来る気がする」 かなり混雑しているように見えたチケット売り場も、窓口が複数あるおかげか列の進みはスムーズで、酒井君の言う通り意外とすぐに順番が回ってきそうだった。 後2組で私達の順番というところで財布を取り出す酒井君を見て、私は慌てて声をかけた。 「ここは私が払うよ」 バッグから財布を取り出して言うと、何故か酒井君に思いきり深い溜め息を吐かれた。 「あのな……お前に払わせるわけないだろ」 「何で? だってお詫び……」 「俺は別にお詫びして欲しいなんて思ってないし、俺がデートしたかったからお前の気持ちに付け込んだだけ。だから、お前に払わせるつもり全くないよ」 「でも、そんなわけには……」 「――だったらこうしよう。次のデートの食事代はお前が払う」 「次のデート……?」 “次“という言葉に驚いて酒井君を見上げると、拗ねたような表情の彼と目が合った。まだ子供だった中学生の頃ですら見たことのない子供っぽい顔をする彼に、更に驚いてしまう。 「もしかして、これっきりのつもりだった?」 「あ、その……次があると思ってなくて……」 不貞腐れたような言い方に、しどろもどろになってしまう。 だって、今回はお詫びという理由があるけど、次はデートをする理由なんてない。家が近いから偶然会うことはあったとしても、こうして予定を合わせて2人で出かけることなんて正直もう無いと思ってた。 「俺は、今日で終わらせるつもりないから」 「それってどういう……」 「あ、俺達の順番だ。この話はまた後でしよう。とりあえず、その財布は仕舞っとけ」 「あ、うん……ありがとう……」 空いている窓口の前に立つと、酒井君がチケットを2枚購入してくれるのを眺めながら、「今日で終わらせるつもりない」とはっきり告げられた言葉が、いつまでも頭の中に響いていた。
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