2.お詫びとデートと2人の関係

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「――へえ。水族館なんて来たの子供の頃以来だけど、いろんな生き物いるんだな」 入場してしばらくした頃、水槽の中を悠々と泳いでいく水の中の生き物たちを見ながら、目を輝かせて呟く酒井君に思わず小さく笑みが溢れてしまった。 なんだか、ちょっと可愛い。 こういう表情も中学生の頃には見たことがなかったな。だって酒井君、いつでもクールだったし。体育祭や文化祭、修学旅行に遠足だって、周りで皆がどれだけテンション高く楽しそうにしてても、いつもと変わらない無表情。 今でもクールな印象が強いのは変わらないけど、あの頃より表情の変化も口数も本当に凄く増えてる。やっぱり10年間って長いし、変わるものなんだろうな。 私は周りから見て……酒井君から見て何か変わったのかな。 「何でニヤニヤしてんの」 「ニヤニヤなんてしてないよ?」 「絶対してた。俺の顔見てこの頬の筋肉が緩んでた」 本当に少しだけムスッとした表情で、酒井君の指に頬をムニムニと摘まれる。ほとんど力が入ってないから全然痛くはない。痛ければ「痛いよ」と反応ができたかもしれないけど、酒井君の指の感触しか伝わってこなくて、咄嗟に何も反応が出来なかった。 「お前のほっぺた柔らかいな。餅みたいでずっと触ってたくなる」 ムニムニムニムニと感触を楽しむ酒井君に、どうしたらいいか分からなくてされるがままになるしかない。 「――あ、悪い。痛かったよな。大丈夫?」 「全然痛くなかったし大丈夫……! こんなので良かったらいつでも触っていいよっ」 ただでさえどうしたらいいか分からない状況に戸惑っていた上に、急に冷静に聞かれたから恥ずかしさが湧き上がってきて、よく分からないことを口走ってしまった気がする。 「……じゃあ、触りたくなったら遠慮なく触らせてもらうな」 自分の言った言葉の意味をようやく理解して慌てて訂正しようとしたけど、嬉しそうに微笑む彼を見たら、今更やっぱりダメとは言えなくなってしまった。 「そろそろ次の場所行くか。今度は何がいるんだろうな」 指の感触を頬に残したまま歩きだすと、何かを思い出したのか「そういえば……」と酒井君が話し始めた。 「昔さ、遠足で動物園に行ったの覚えてる?」 「動物園って、あの遠足の定番になってるところ?」 地元の隣の市にある大きな動物園は、保育園、小学校、中学校、高校それぞれで、一度は遠足で行くという定番スポット。 「そうそう。あの動物園にさ、ミニ水族館のコーナーがあったの急に思い出した」 「そういえばあったね」 本当にミニだから一瞬で見終わっちゃうんだけど、熱帯魚とか小さな蟹とかがいたっけ。人が少ないから、のんびり見られて好きだった覚えがある。 「あのコーナー、本当に小さいから皆素通りするんだよな。だから、覚えてるやつ自体あんまりいないんだけど……お前は好きそうだったよな」 「え?」 「あ、別にずっと見てたわけじゃないからな。一回そこで見かけた後に、しばらくしてまた見たら居たから。水族館とか好きなんだろうなと思って」 「もしかして、だから今日水族館にしたなんてこと……」 「あ。もしかして、別に好きなわけじゃなかった?」 酒井君の反応を見て、自分の考えが外れてないことを悟った。 今日のデートの行き先をいつまでも決められない私に、水族館を提案してくれたのは酒井君の方だった。まさかそんな昔の、本人すら忘れていたような事を覚えててくれたことにビックリして、喜んでしまう自分がいる。 「ううん……好きだよ。水族館」 「そっか。なら良かった。――お。何だ? あの人集り。行ってみるか」 「うん」 興味津々に人が集まる水槽に近付いていく酒井君を追いかけながら、懐かしいような、それでいて感じたことがないような気持ちが胸の奥に沸き始めていた。
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