とんでもホラー速報『超絶悲報! 大御所セレブ女優ポメラ・リー・アンダーソン(56)すっぴんノーメイクの本人&怪物役でホラー映画に出演(ボディダブル無し)』

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・見知らぬ廃墟に閉じ込められ、デスゲームが始まった。けど主催者を名乗る男は、なんだか手際が悪くて?  エヌ山エヌ子リリー(19歳)は意識を取り戻した。自分がどこにいるのか彼女は分からず、困惑と不安の黒い影が心を暗くする。はっきりしていることは、ごくわずかだ。彼女は自分がうつ伏せに寝ているのが分かった。薄目を開ける。辺りは薄暗い。周囲は赤い光に照らされているけれど、それは弱々しく、顔の横にある自分の手の先より向こうは見えない。  水の滴る音が、どこかから聞こえてきた。その場所は分からない。恐らく、闇の奥だ。汚水とカビの臭いが鼻の奥に突き刺さる。それも闇の彼方から流れてきた。  片目を大きく開き、周囲の様子を窺う。人の気配はない。顔の下に毛布があった。体の下に敷かれているようだった。体の上にも毛布が掛けられている。枕はない。  音を立てず体を起こす。服は着ていた。多少の寝乱れはあったが、明らかな着衣の乱れはなく、怪我をした箇所もなかった。  体を起こしたら別の臭いがした。オゾンの臭いだ。絶縁されていない光ケーブルからのものだろう。ひび割れた低い天井から無数のケーブルが垂れ下がっていた。切れているものもあれば、ループになっているものもある。一部は床まで垂れていた。  床には、わずかに水が溜まっていた。その水底に白い格子模様が揺れている。床タイルのものだった。  そこは大きな部屋の一角のようだった。エヌ山エヌ子リリーが寝ていたベッドは、その壁際にあった。壁はコンクリートのような建材で造られていた。指先で触れるとヌルヌルしていた。指先の臭いを嗅ぐ。それほどの悪臭は感じない。  エヌ山エヌ子リリーはベッドのマットレスの上で胡坐をかいた。彼女は素足だった。床の上に足を下ろそうとして、止める。履物を探す。ベッドの下を覗こうとして、止める。長い髪をまとめるため、いつも左手首に巻いている髪留めゴムを外そうとして、気付く。左手首に巻かれていたのは、髪留めゴムだけではなかった。もう一つ、何かの輪が手首にあった。  髪留めゴムを取るのを忘れ、エヌ山エヌ子リリーは左手首に巻き付く輪に触れた。ツルツルする輪を撫でて、外そうとする。そのときだった。 「お目覚めのようですね」  エヌ山エヌ子リリーの目の前が急に明るくなった。彼女は顔の前に両手を上げ光を遮る。そして指の隙間から光の向こう側へ目を凝らす。  そこには茶色い何かがあった。よく見ると、ぬいぐるみの人形だった。クマのようである。それが立って、エヌ山エヌ子リリーの方に向いている。その左の目玉は落ちそうだ。右の目玉は完全になくなり、代わりにバッテンの斜め十字傷がある。体には幾つか傷の縫い跡があった。全身の傷から滴る血が見えた。左手には血の付いたナイフが握られていた。  目の前に突然ナイフを持ったクマっぽい着ぐるみかぬいぐるみが出現したため、エヌ山エヌ子リリーは悲鳴を上げそうになった。そんな彼女をクマのぬいぐるみっぽい何かが、ナイフを握っていない右手を上げて制した。 「お静かに。大声を出しますと、他のデスゲーム参加者に気付かれますよ」  優美な男性の声で、クマのぬいぐるみっぽい何かは言った。デスゲーム、と。その言葉を聞き、エヌ山エヌ子リリーは息を呑んだ。  クマっぽい何かは、その間を突いた。 「エヌ山エヌ子リリーさん、あなたは、デスゲームの参加者なのです」  固まっているエヌ山エヌ子リリーの緊張を解きほぐすかのように、クマのぬいぐるみっぽい何かは穏やかな声色で言った。 「このデスゲームを生き残った参加者には莫大な優勝賞金が与えられます。ですが、残念ながら命を落とされた方には何も与えられません。そう、無駄に死ぬだけです」  エヌ山エヌ子リリーは賞金の金額を尋ねた。デスゲームの主催者であるクマのぬいぐるみっぽい何かが答える。その額を聞いて、彼女の目の色が変わった。彼女が違法なバカラ賭博でスッた額には程遠いけれど、当座の逃亡資金には十分だったからだ。 「やります、あたし、やります!」  エヌ山エヌ子リリーは目を血走らせてデスゲーム参加を宣言した。クマのぬいぐるみっぽい何かは小声で笑った。 「ふふふ、そうおっしゃると思っておりました。さて、それではデスゲームの概要をご説明しましょう」  そう言ったきり、クマのぬいぐるみっぽい何かは動かなくなった。しばらく黙って様子を見ていたエヌ山エヌ子リリーだが、遂にしびれを切らした。 「すいません、どうなっているんですか?」  返事は帰ってこない。エヌ山エヌ子リリーはクマのぬいぐるみっぽい何かに向かって片手を伸ばした。それに触れたかと思いきや、空を切る。ついで彼女はベッドの足先の方へ体の位置を動かした。その位置からだと、クマのぬいぐるみっぽい何かは見えなかった。続いてベッドの頭の方へ動く。そこからもクマのぬいぐるみっぽい何かの姿は見えなくなった。元の位置へ再び座る。そこからだと見える。彼女はクマのぬいぐるみっぽい何かが、立体映像あるいはホログラムと呼ばれる映像であることに気が付いた。それが動かなくなったのである。  ずっとこうしているわけにもいかない。しかし、何だか分からない水――水なのかどうかも知れたものではない――に素足を浸すのも嫌だった。水虫にでもなったら大変だ。エヌ山エヌ子リリーは金には汚い人間だったが、それ以外は潔癖症だった。どこをどう探してもサンダルもスリッパも見当たらないので、彼女は人を呼んだ。 「す~み~ま~せ~ん! 誰か、いませんか~あっ!」  遠くの方で水音がした。バシャン! という大きな音に続いて、バッシャバッシャとリズミカルな音が聞こえてきた。だんだん迫ってくる。やがてクマのぬいぐるみっぽい何かのホログラムを突き破るように、恐ろしい形相の白人中高年女性が姿を現した。 「お前!」  見知らぬ人間からいきなり「お前!」と呼ばれたエヌ山エヌ子リリーは驚いて返事ができなかった。そんな彼女の怯えた顔を見て、恐ろしい形相の白人中高年女性はニヤリと笑った。 「ぐひぐひ、可愛らしい顔してんじゃん。いいよ、その顔、とても可愛らしいよ……お前!」  今度はエヌ山エヌ子リリーは「はい!」と元気よく答えた。何だか分からないが「可愛らしい顔」と褒められたので、悪い気はしなかったからだ。  そんなエヌ山エヌ子リリーに一歩近づき、白人中高年女性は言った。 「その顔、わたしに寄越しな」 「え」 「寄越しなって言ってんのさ! その顔を、わたしのものにするんだよ!」  白人中高年女性は隠し持っていた巨大な包丁を振り上げた。エヌ山エヌ子リリーは甲高い悲鳴を上げベッドに置いていた毛布を中高年女性に向かって投げた。毛布の直撃を顔面に喰らった白人中高年女性は体勢を崩し足を滑らせて引っくり返った。腰をしたたかに床へぶつける。彼女は激怒した。 「痛いじゃないのよ、この小娘! 畜生、この腐れビッチ! ド下手の大根女優のくせして、いい気になってんじゃないわってんだよッ! こんなズブの素人と芝居なんて、やってられるもんですかッ! やってられんって! マジ勘弁ってんだよッ!」  あまりの剣幕にエヌ山エヌ子リリーを演じる若手女優が泣き出した。映画監督が飛んできた。 「すみません、ポメラ・リー・アンダーソンさん! 彼女に代わってお詫びします!」  それでも恐ろしい形相の白人中高年女性ことポメラ・リー・アンダーソンの怒りは収まらない。撮影用に撒かれた床の水――決してきれいではない――に顔を付けて土下座して謝るよう言い張る。エヌ山エヌ子リリー役の新人女優は号泣して謝るが許そうとしない。間に立った映画監督が若手女優の代わりに土下座して、その件はようやく収まった。  だが、それでポメラ・リー・アンダーソンの機嫌が直ったかというと、そうはいかなかった。 「ちょいと、相談なんだけどね」 「なんでございましょう?」  揉み手をせんばかりの勢いでご機嫌を取る監督にポメラ・リー・アンダーソンは言った。 「このシーン、長くない?」 「そうおっしゃいますと、それは」 「だ~か~ら、この場面」 「はあ」 「はあ、じゃねえだろ。何とかしろってのよ」 「実は、これは『見知らぬ廃墟に閉じ込められ、デスゲームが始まった。けど主催者を名乗る男は、なんだか手際が悪くて?』という設定に沿ったシナリオでして。ホログラムが動かなくなったのは、その手際の悪さの表れです。この表現は演出なのですよ」  映画監督は演出の意図を説明した。ポメラ・リー・アンダーソンは、全く納得しなかった。 「だ~か~ら、それが駄目だっつってんのよボケ。間延びしちゃうでしょうが。最近のゼット世代は幼稚園児の頃より集中力が衰えているから、長いのはダメ。この作品は、若者向けなんでしょう? それじゃあね、パーを相手にしているってこと、忘れちゃダメ。作り手もパーになるの。最悪、自分がパーになったと思って作らないと」  ゼット世代の人間であるエヌ山エヌ子リリー役の若手女優が小声で「認知症のぼけババア、うるせえ。老害、死ね」と呟いた。ポメラ・リー・アンダーソンは聞き洩らさなかった。 「あんんたっ、何か今、言ったでしょ!」  役作りを越えた殺気溢れる形相のポメラ・リー・アンダーソンに睨まれたエヌ山エヌ子リリー役の若手女優は小便をチビって再び泣き出した。映画監督は再び土下座した。その後頭部をハイヒール踏んで大御所セレブ女優ポメラ・リー・アンダーソンが啖呵を切る。 「このわたしを舐めんじゃないよっ! 舐めたら潰したるよッ!」  映画の制作プロデューサーが飛んできた。必死になって大御所セレブ女優ポメラ・リー・アンダーソンのご機嫌を取る。 「礼儀知らずの共演者やスタッフばかりで大変申し訳ございませんでした。ポメラ・リー・アンダーソン様のお気に召すように脚本を書き換えますので、それでどうかお許しくださいませ」  それでやっとポメラ・リー・アンダーソンの機嫌が直った……というわけでもない。 「とにかくね、わたしは超売れっ子で忙しいっつーことを忘れないで! チンタラした演出とかね、付き合ってやってる時間ないの。今もね、次の仕事の予定が入ってんのに、行けないんだから!」  映画の制作プロデューサーは何度も頷いた。 「それは承知しております。ええ、そちらの撮影の方へ行かれて結構ですので。その間に、こちらの方でシナリオの変更を進めさせていただきますから」  ポメラ・リー・アンダーソンは映画の制作プロデューサーの足元に唾を吐いて言った。 「言ったわね。よし、私が戻ってくるまでに、シナリオを仕上げときな。変な台本だったら、承知しないわよ!」  そう言い残し、ポメラ・リー・アンダーソンは同じ撮影所の敷地内にある録音スタジオへ向かった。 ・仕事帰りに生首を見つけた男。すると生首がしゃべり、「自分の復讐を手伝ってほしい」と言い出して……?  ポメラ・リー・アンダーソンの生首から復讐の手助けを頼まれた男は悲鳴を上げて逃げ出した。 「ババアのお化けだ! 怖いよ!」  アテレコ用のアニメーションを見て、ポメラ・リー・アンダーソンはブチ切れた。 「何なのよ! こんなの、やってられないわよ!」  アニメのアテレコの仕事と聞き、台本を読まずに録音スタジオへ入ったポメラ・リー・アンダーソンは、自分の役がポメラ・リー・アンダーソン本人の役で、しかも生首の妖怪だということを知らなかった。音響監督と監督がポメラ・リー・アンダーソンを宥めたが、彼女の機嫌は直らない。 「脚本家を呼んで、シナリオを書き直させて。さもないと、お前たち全員を、永久に干すわよ」  大御所セレブ女優ポメラ・リー・アンダーソンの機嫌を損ねて業界を永久追放になった人間は数知れない。監督は脚本家に連絡を取りリライトを早急に進めさせると共に、完成した絵コンテに従い作画を進行中のスタッフに作業の休止を命じた。  それで大御所セレブ女優ポメラ・リー・アンダーソンの機嫌が直ったかというと、そうでもない。 「ああムカつく! 次の仕事へ行って来るけどね、その間もお前たち全員のことを考えてっからね。お前ら全員の顔と名前を、しっかり覚えたからね!」  そう言い残し、彼女は隣の撮影スタジオへ向かった。 ・念願の新居に住み始めた途端、怪現象が頻発。夫は怯えるが、霊媒師の妻は霊を追い払うと息まいて!?  念願の新居に住み始めた途端に頻発する怪現象の原因が霊の仕業だと霊媒師の妻ポメラ・リー・アンダーソンは断定した。霊を追い払うと息巻く。 「覚悟しな、家に憑りついた悪霊め!」  その宣戦布告に応え、怪現象の原因である家に憑りついた悪霊のポメラ・リー・アンダーソン(一人二役)が姿を現した。両者、がっぷり四つに組んで戦う。  その間にポメラ・リー・アンダーソンの若い夫は念願の新居と彼女を捨てて逃げ出した。年の離れたババアの妻に、彼は心底から嫌気が差していたのだ。  夫の裏切りに怒り狂った霊媒師の妻ポメラ・リー・アンダーソンは悪霊のポメラ・リー・アンダーソンと共謀し逃げた夫の呪殺した。  ラストシーン(ポメラ・リー・アンダーソンが新しく捕まえた若いイケメンとイチャイチャ入浴&トコトン愛し合うベッドシーンを、彼女は代役なしの体当たりで演じきった)を撮り終えた監督が、ポメラ・リー・アンダーソンに花束を渡す。 「ポメラ・リー・アンダーソンさん、とても素晴らしい演技でした」  クランクアップを記念する花束を受け取ったポメラ・リー・アンダーソンは首を横に振った。 「わたしの演技はいいけど、その他の場面のシナリオが悪いから、その部分だけ撮り直して」  監督の隣にいた映画制作プロデューサーが強張った笑顔を浮かべた。 「それは一体、どの辺なのでしょうか?」 「年の離れたババアの妻に心底から嫌気が差していたって部分が駄目。絶対に駄目。あそこは普通に、怖くなって妻を捨てた、それだけでいい。そういうところが大切。撮り直して」  監督と映画制作プロデューサーは目と目で頷き合った。それだけならナレーションの変更で乗り切れる。スタジオを使って撮り直したら、その分だけ金がかかるので、それだけは絶対に避けたかった。  監督と映画制作プロデューサーは「承知しました」と下僕か何かのように頭を下げた。大御所セレブ女優ポメラ・リー・アンダーソンの機嫌を損ねた業界人は、もう業界人面ができないのだ。  スタッフ全員の拍手を浴びて撮影スタジオを出たポメラ・リー・アンダーソンは撮影所のど真ん中にある自分の事務所へ向かった。そこはポメラ・リー・アンダーソン映画プロダクションの事務所だった。彼女には敏腕映画プロデューサーの顔がある。彼女が、この業界で恐れられているのは、大御所セレブ女優としてだけでなく、裏方としても超一流だからだ。出演者としても映画製作者としても大ヒット作を連発する彼女にかなう人間は、この業界にいない。  ポメラ・リー・アンダーソンは自分のオフィスに入ると机の上に置かれていた書類や郵便物に目を通した。それからパソコンに届いたメールやラインをチェックする。エージェントが映画の原作になりそうな作品をピックアップして幾つか送信していた。それらを彼女は読むことにした。 ☆彡 就職氷河期が人類を襲う! リクルートスーツで越冬だ! ◎日本は世界有数の雪大国。とはいえまったく降らない土地もあり、雪への想いも様々でしょう。  今回ご紹介するのは戦前に日本が統治していた南洋の島々に伝わる民話です。  赤道近くで雪の降らない地域ですが、大昔に大雪に見舞われたことがあった……というところから話が始まります。  雪を見たのが初めてだったので、人々は興奮しました。ある人が、話に聞いたことのある雪だるまを作り始めます。別の人も真似て雪玉を転がしだしました。すると、不思議なことが起こったのです。 ・どちらが大きな雪だるまを作れるか勝負していたら、当の雪だるま達が応援し始めて!?  二人が別々に作っている雪だるま達が「向こうに負けるな」「あっちより自分を大きくしろ」を言い出したのです。奇妙なことですが、制作している二人は不思議に思いませんでした。雪を見たのが初めてなら、雪だるまを作ることも初めての二人は「へ~なるほど、雪だるまというのは、自分の意志を持っているものなのか!」と納得してしまっていたのです。  雪だるま達の過剰とも言える励ましのおかげで、二人は頑張ることができました。二人の人間離れした努力が実り、空まで届く巨大な雪だるまが二つ、完成したのです。それは本当に大変な作業でした。  その超巨大雪だるまを完成させるためには、大量の雪が必要でした。当時の地球は氷河期だったのですが、その雪だるまを作るために大量の氷雪が使われたために地表を覆う氷河が消えてしまったほどです。それで氷河期時代は終わってしまった、と考えられています。  氷河期が終わり地球の平均気温が上昇すると、二つの雪だるまは溶けだします。一つの雪だるまは胴体は地上に近かったため完全に融けたものの頭部は宇宙にあったので融雪を免れ、現在の月の核となりました(月の表面は衝突した隕石の欠片で覆われていますが内部には当時の氷が残存していると考えられてします)。  もう一つの雪だるまは完全に消滅してしまいましたが、その痕跡は古代オリエント地方の伝説の中に残されています。その雪だるまは内部に階段があり、空高くまで昇ることが出来たそうで、これがバベルの塔の元となりました。雪だるまの完全氷解は大洪水を発生させ、これがノアの箱舟伝説へ発展していきます。  その他にも地球全球凍結(スノーボールアース)仮説との関連も考えられています――というテレビ番組を見ている最中に、僕の心は凍り付いた。 ・雪の日に告白して付き合い始めた君に、雪が降る今日、僕は別れを告げられた――。  君は言った。 「大事な話があるの。テレビを消して」 「見てんだけど」 「いいから」  そして君は僕に別れを告げた。僕が雪の日に告白して付き合い始めた君は、雪が降る今日、僕に別れたいと……絶対に別れると言ってきたのだ。  憎悪の炎が燃え上がる君の瞳に睨みつけられ、僕の心は完全に凍った。  もう生きていられない。  思い出の雪に埋もれて永遠に眠るよ。  さようなら。 ・雪が積もるのが怖い。幼い頃、雪に埋もれた人の死体を見つけたことがあるから……。  自分も危うくそうなるところだった、とエヌ氏は思った。言い出しはしない。前の彼女と別れたショックで、雪の中に埋もれて凍死しようと決意したとは、今の彼女には絶対に言えない。  エヌ氏は余計なことを言わず、恋人を安心させることに努めた。 「心配しないで。ここは南の島だよ。雪なんて降ることはない」  その言葉を聞いて、エヌ氏の恋人は微笑んだ。 「海が見たい。ベランダに出ましょ」  そう言って彼女は厚着をしてからベランダへ出た。エヌ氏も上着を羽織って後を追う。二人が宿泊しているホテルは海沿いに建っていて、奇麗なビーチが目の前にあった。本来であれば、そこで一緒に泳ぐ予定だったが、異常気象で肌寒い夏が到来してしまったのは不運だった。腰のあたりまで切れ込む彼女の水着を見れず、残念……とエヌ氏は嘆いた。  しかし冷たい方が、二人の距離が近くなるのは確かだ。カミソリの刃が入らないほど密着したインカの石垣よりもピッタリくっついていた二人は、さらにくっつくため、そして寒さが耐えられなくなったので室内へ戻った。  その数時間後、その島に雪が降り始めた。同じような現象が地球各地の南国を襲った。雪は降り続き、何もかもが凍り付いた。それが新たなる氷河期の始まりだと人類はまだ気づいていない。 ☆彡 夜よりほかに聴く者もなし ・釣ったナマズが喋り出した!曰く、数日以内に大きく大地がふるえると言うのだが……?  神州高山朧月城の麗しき姫君・朧月百合姫は釣りの名人だった。川釣り、海釣り、沼釣りは勿論のこと、天に向かって竿を一振りすれば釣り糸の先の毛針を羽虫と間違えて空飛ぶ燕が食いついたというから、巌流佐々木小次郎あるいは釣りキチ三平と肩を並べる腕前だと褒めて構わないだろう。しかも美人で可愛らしい。これは『釣りキチ三平』のヒロイン高山ユリことユリッペと、いずれ菖蒲か杜若と言ったところか。さて、そんな彼女の手腕をもってしても釣れぬ獲物がいる。その名は鮎川那智。山向こうにある三平三平(みひらさんだいら)を預かる代官・鮎川氏の三男坊である。  百合姫と那智は幼馴染で親しい間柄だったので、両家の親は那智を百合姫の婿にと考えていた。百合姫もその気で満々だったのだが、那智の方はその気になれずにいた。若くして婿に収まるより武者修行の旅に出て自分の力を試したいと言うのである。内心は大反対の百合姫だったが「絶対に戻ってくる」と約束されたら惚れた弱みで拒めない。かくして彼女は都へ向かう恋人を峠から見送ったのだった。  辛い別れで傷つき、震える心を癒すのは、釣り以外にあり得ない。百合姫は獲物を求め領内の至る所で釣り糸を垂れた。海では沖に出て巨大なカジキマグロや人喰いザメを釣り上げ、山では各湖沼の主と呼ばれる大物どもを次々と召し捕った。それでも心は晴れない……そんなときは、釣り上げた魚を食うに限る。  百合姫は網を片手に水瓶に近づいた。水瓶の中には数日前に釣り上げた大ナマズが入っている。奇麗な水の中で泳がせ泥抜きしてから食べるつもりだったのだ。さあ、どんな具合だろう? と思って瓶の口から下を見れば当のナマズと目が合った。ナマズは命乞いをした。 「すんませんけど食べんといておくれやす」  ナマズが喋っても百合姫は驚かない。主と呼ばれる連中は、それぐらいの芸は身に着けている。そして、そういう芸のある奴ほど旨い。彼女は涎を垂らしながら言った。 「お前、めっちゃ旨そうやなあ。ぶつ切りにして味噌で煮るつもりだけど、脳味噌だけは生で食うわ」 「いえいえ、それは堪忍しておくれやす。だいたい、寄生虫がおりまっさかい、病気になりますでえ」 「言いたいことはそれだけか? 大人しく網にかかれ」  百合姫が水瓶の中に網を入れるとナマズは暴れながら叫んだ。 「とっておきの情報をお教えしますんで、それで勘弁してつかあさい!」 「なんじゃあ、言うてみい」 「それは命の補償をしてもろうてからで」 「取引できる立場か!」 「じゃあ、教えまっさかい、瓶から網を出しておくれやす!」  百合姫が水瓶から網を出すとナマズは喋り出した。曰く、数日以内に大きく大地がふるえると言うのだが……? 「それは、この辺りのことか?」 「いいえ、都の方どす」 「遠いところだな。じゃあ関係ない。死ね。私の栄養となって、死ね!」  網を水瓶にぶち込みナマズを攫った百合姫は、真珠のように奇麗な歯をガチガチ鳴らし、網の中でもがくナマズに顔を近づけた。哀れなナマズが泣き喚く。 「うわーん! 誰か、誰か助けてー!」  そのとき百合姫の脳裏に愛する青年の姿が浮かんだ。許婚の婚約者、鮎川那智は都で武者修行中なのである。ナマズを食い散らかしてる場合ではなかった。 「やべ! どっすっぺ!」  恐慌状態に陥った百合姫とナマズの運命や如何に! ・初陣の時が迫り、武者震いする若き武将。ところが武者震いが止まらなくなって!?  三平三平(みひらさんだいら)を預かる代官・鮎川氏の三男坊、鮎川那智は主君である某大名の京屋敷に寄宿し武芸の鍛錬に励んでいた。早く実戦で手柄を挙げたいと腕撫す毎日だったが、実際に初陣となると全身が緊張で震えた。文字通りの武者震いである。どんな勇将とて初陣の時は緊張で武者震いが止まらないもの……と自分で自分を慰めていたが、いつまで経っても震えが止まらない。周りを見れば仲間も皆、怯えた表情で震えていた。そればかりか、向こうの敵陣にいる兵たちも震え上がって慌てふためいている。やがて地面が真っ二つに割れた。大地震だ!  こうなると戦場は大混乱だ。戦う前から敵味方の兵が戦意を喪失して逃げ出し始める。若き武将の鮎川那智も手柄を挙げることを忘れ逃げようとしたが、地面の深い割れ目に落っこちてしまった。そのうち、その亀裂は閉じた。  百合姫の恋人、鮎川那智の運命や如何に! ・文学賞の選考会当日。結果を待ち、祈りながら見つめていたスマホがふるえだして……!?  地震に巻き込まれた鮎川那智が異世界に転移したことをナマズから聞き出した朧月百合姫は、ナマズを脅して自らを那智のいる異世界へと転移させた……そして始める釣り中心のスローライフ! そんな小説を文学賞へ投稿したエヌ氏は結果を待ち、祈りながらスマホを見つめている。そして遂に、スマホが震え出した。選考結果の通知が来たのだ!  結果は、落選。『ふるえる』がお題で西野カナに触れないのはありえない、とのことだった。  着込んでも寒さに震える部屋にいながら、受賞の妄想で心を温めていたエヌ氏は、真冬に冷や水をぶっかけられたように全身を震わせ始めた。 「え、ちょ、ちょま、ねえ、ちょっと待ってよ! これも一応ラブロマンスなんだけど。それって西野カナっぽくない? トリセツって感じ、しない?」  電気の停まった暗い部屋の中で、そんな繰り言をスマホに向かって呟く。しかし、夜よりほかに聴く者はいなかった。 ☆彡 キャラ文芸っぽい雑貨店へようこそ!~『ポケットの中』事件 ・冬休み前にできた彼女が、コートのポケットから手を出してくれない……なんとか手を繋ぎたい! 「そんなわけなんだけど、なんとかならないかな」 「知らんがな」  あっさり断るムエ氏に、フイ氏は食い下がる。 「君なら良いアドバイスをくれる、そう信じているんだよ僕は」 「いや、無理」 「そんな! いつもいつも難問や難事件を解決してくれる君なら、絶対に出来るって!」 「買いかぶられても困る。こっちは普通の雑貨屋。手を繋ぐ方法なんて知りません」 「僕たちは親友じゃないか!」 「じゃあ、親友として言わせてもらおう。彼女だと思っているのは、お前だけじゃないかな」 「え」 「相手はお前のこと、なんとも思っていないってこと」  ムエ氏の言葉にフイ氏は強いショックを受けたようで、見る見る涙ぐんだ。 「そんな……そんなことって、あるかよ……」  気の毒だがフイ氏の周辺では、そういった噂が絶えなかった。謎めいた高スペック美女と万事イマイチなフイ氏では社会的な格差が大きく、告白は成功したが交際は長続きしないと見られていたのである。手を繋いでくれないという悩みも、それを裏付けているようにムエ氏には思われた。  しかし親友の号泣を見るのはウザい、いや、鬱陶しい、もとい、心が痛む。 「わかったよ、何か方法を考えるよ」  フイ氏は泣き止んだ。 「そうこなくっちゃ! 君に相談すれば、なんとかなるって思ったんだよ!」  ムエ氏はキャラ文芸の舞台にありがちな不思議がいっぱいの雑貨店(中古品を含む)の店主だ。そこに売られているグッズの力でフイ氏は、進展しない恋愛を発展させようと考えたのだった。 「手袋をプレゼントしろよ」  そう言ってムエ氏が出したのは軍手だった。フイ氏は首を傾げた。 「これはちょっと……」 「イボ軍だぞ。それとも炊事用手袋が良い? 薄いけど破れにくいのがあるぞ」 「作業用じゃなく、おしゃれ用とか、可愛い系をお願いします」 「生憎だが在庫なしだ。でも、代わりの物がある。コートだ」 「コート?」 「外側にポケットが無いんだ。不便だから売れないと思ってたんだけど、こういう使い道があった」  ムエ氏は店の奥から立派なコートを持って来た。示されたコートを見てフイ氏は言った。 「これ、男物じゃない?」 「いや、男女兼用だ。見ろ」  そう言ってムエ氏はコートを着た。 「彼女は背が高いから、これで大丈夫だ」  サイズ的にはあっていても、フイ氏にはコートが女性らしさに乏しい気がした。その旨を伝えると、ムエ氏は小さな花の胸飾りをコートに付けた。 「簡単に着脱可能だからクリーニングに出すときは外せばいい。どうだ、似合うだろう?」  書き忘れていたがムエ氏は優美な美青年である。思わずフイ氏は見惚れてしまった。 「試しに着てみるか?」  そう言われてコートを着てしまったのは、自分もなにかの間違いで自分も美青年になってしまうのでは……とフイ氏が勘違いしたからである。ほんの遊び心だった――だが、その幻想は鏡に映る自分を見た瞬間に砕け散った。 「どうだ?」 「う~ん、どうだろう……彼女に聞いてみるかなあ、コート要るって」 ・友達とお遊びで服を交換。元に戻すと、ポケットの中に“あなたは狙われている”と書かれたメモが……。  フイ氏はコートをムエ氏に返した。その内ポケットから封筒がはみ出していることに二人は気付いた。先程まで、そんな封筒はポケットの中に入っていなかった。ムエ氏は訝しげに開封した。封筒の中には“あなたは狙われている”と書かれたメモが入っていた。 「何これ?」 「さっきまでなかったよね?」  そのときだった。店の物陰から怪しい影が現れた。その影は冷たい声で言った。 「動くな。動いたら二人とも命がなくなると思え」  顔を動かしても危険そうな雰囲気が濃厚に漂っていたので、ムエ氏とフイ氏はダルマさんが転んだ状態で静止した。影の人物は満足そうに言った。 「そうだ。それでいい。何もしなければ危害は加えないし、用が済んだら帰る。さて、要件を伝えよう。要件というのは――」 ・ポケットの中のビスケットを叩いても割れるだけ……のはずが、本当に増えた!? 「ポケットの中のビスケットを叩いても割れるだけ……のはずが、本当に増えるポケットのある服があると聞いた。それを出してもらおう」  影の人物は、そう言った。ムエ氏は顔を動かさずに言った。 「動けば殺されるんだろ?」  影の人物は否定した。 「それは除外する」 「そこに吊るしてある子供用の短パンだ。勝手に取っていいぞ」  ハンガーに掛けられて並ぶ短パンがいっぱいあって、影の人物が困惑した次の瞬間だった。店の扉が開き、コートを着た美女が店内へ飛び込んできた。影の人物は慌てた。 「しまった、脱出だっ!」  そう叫んで影の人物が闇の中へ消える。店へ現れた美女が交際中の女性であることに気付いたフイ氏は目を丸くした。 「え、なに、どういうこと?」  美女はキラキラした小型ピストルを構え、その銃口を闇の方へ向けていたが、影の人物が消え去ったことを確認し、手を下ろした。様々な雑貨を扱うムエ氏は、そのピストルが現代社会の製品というより未来の銃器に思えたので、美女に聞いてみた。 「子どもの玩具の光線銃みたいですけど、それは普通の拳銃なのですか? モデルガンも扱っているので詳しいのですが、それをカタログで見たことがないです」  フイ氏は別の質問をした。 「ちょ、ちょま、ねえ、ちょっと待って、どういうこと?」  自分は未来から来たタイムパトロールで時間移動する犯罪者を逮捕しているる、とフイ氏の彼女は言った。そしてムエ氏に小型ピストルを見せ「これは未来の兵器」と説明してから、それをコートのポケットに入れた。 「コートのボタンを閉めると早撃ちが出来ないから、銃を握ったままポケットに入れているの」  その説明を聞いてムエ氏は頷いたが、フイ氏は首を横に振った。 「ちょ、ねえ、ちょっと、ちょっと待って! 君は僕の恋人だよね。未来から来たタイムパトロールなんて、嘘だよね!」 「ごめんなさい、犯罪者の目をくらませるために、偽装交際をしていたの」  その言葉を聞いて、フイ氏は肩を落とした。ムエ氏は冷ややかな声で言った。 「おとり捜査ってやつか? ずいぶん残酷な方法だな」 「お詫びの意味で、警告の手紙を四次元郵便の速達で出したわ」 「ポケットに入っていた封筒の送り主が君か。あれが役に立ったとは言えないぞ」  美女はフイ氏とムエ氏に謝った。フイ氏は顔を上げることが出来なかった。ムエ氏はビスケットが無限に出てくる短パンを顎で示して言った。 「それを持って行ってくれ」  美女は怪訝そうに言った。 「いいの? とても珍しい品よ」 「あれが欲しくて犯罪者が来るのなら要らん。その代わり、二度と近づかないでくれ」  美女は短パンを手に店を後にした。しばらく経ってからフイ氏が言った。 「貴重な品だったんだろ? 僕のせいで、損をさせたな」  謝るフイ氏にムエ氏が言った。 「ずっとポケットの中に入れっぱなしになっているビスケットだから、カビが生えているんだ。カビの生えたビスケットが二つになっても嬉しくないよ。それに」  ムエ氏は足元から砂で汚れた子供用のズックを出した。 「これは砂金混じりの砂が靴の中から無限に湧いてくる魔法のズックだ。こっちの方が大事だよ」 ☆彡 瞼の母は今いずこ ・「会いたいです」と書かれた差出人不明の手紙。気持ち悪くて捨てたけど、それから毎日届いて……。  我慢ができなくなった美代子は手紙に書かれていた場所へ出かけた。指定されたのは隣町のデパートの屋上だった。そこには小さな遊園地がある。そこには小さな子供を連れた母親たちの姿があった。平日の午後でも混んでいた。監視員の姿も見える。ここなら何かあっても、すぐに助けを呼べる、と彼女は思った。まさか、危害を与えはしないだろうとも考える。幼い娘を遊ばせながら、彼女は相手を待った。  やがて約束の時刻になったが、それらしい人物は現れなかった。悪戯だったのか……安堵の溜め息を漏らしながら美代子は娘を呼んだ。遊具を降りトテトテ駆け寄ってくる娘を抱き上げる。そのとき娘が母の後ろを指差した。 「佳代ちゃん……どうしたの?」  美代子は振り返った。 ・幼い頃に生き別れ、顔も覚えていない母。一枚の写真を頼りに、私は彼女に会いに行く。  亡くなった父は、別れた母について何も語ろうとしなかった。幼い子供だった私を置いて他の男と一緒になった妻を許せなかったのだろうと、私の育ての親である祖父母が言っていた。その口調を聞く限り、二人が私の生母を快く思っていないのは明らかだった。それはそうだろう、と思う。その憎しみが深いだけ、母に捨てられた私を憐れむ気持ちが強くなったように感じる。私の体の半分は、母から受け継いだものなのに。  その祖父母も新型コロナで亡くなった。私は独りぼっちになった。そうなると母のことが気になってくる。私にも母を憎む気持ちはあるけれど、それでも会いたくなったのだ。  私は父や祖父母が好きだったので、母のことは尋ねなかった。幼かった私にも父の嘆きや悲しみが分かったから、祖父母が私の母の品々を処分したことにも不満はなかった。今までは。  今、独りになると……母の思い出の品が欲しくなるのだ。  若く奇麗な女性の写真を見つけたのは、その願いが神様に届いたからなのかもしれない。写真の中にいる若い父の横に立って微笑んでいる娘を見たとき、この人が私の母だと直感した。そして後見人の能代おじさんに連絡した。  相談があるから、すぐに会って欲しいと言うと、弁護士の仕事があって忙しいにもかかわらず能代おじさんは家まで飛んできてくれた。 「おじさん、わざわざすみません」 「いや、いいんだよ。僕は佳代ちゃんの後見人だし、何より佳代ちゃんの亡くなったお父さんの親友だからね。僕は佳代ちゃんを自分の子供のように考えている。どんな仕事より優先するよ」  そんな風に話す能代おじさんの笑顔が、私が出した写真を見て凍りついた。 「おじさん、この写真の女の人は、私のお母さんではないですか?」  能代おじさんは、すぐには答えなかった。逆に質問してくる。 「この写真は、どこにあったの?」 「父の遺品の中にありました」  小さく溜め息を吐いて能代おじさんは言った。 「そうか……思い出になりそうな品は全部処分したものだと思っていたんだけど、あいつ、残していたんだな。いや」  私を見つめて能代おじさんは微笑んだ。 「佳代ちゃんを美代子さんに会わせてくれって、お父さんが僕に頼んでいるだろうな」  美代子というのは、私の母の名前だった。 「おじさんは、お母さんの居場所を知っているんですか!」  ゆっくりと頷き、能代おじさんは言った。 「新聞はあるかい?」 「は?」 「テレビ欄が見たいんだ」  私に手渡された新聞を眺め、それからリモコンでテレビを点けた。二時間サスペンスドラマが映った。私たち二人は、それをしばらく眺めた。 「おじさん」 「なに?」 「これは一体、どういう意味なんですか?」 「もうすぐわかるよ」  資産家の屋敷が出てきた。私の家と同じくらい立派だ。そこの女主人が現れた。二時間サスペンスの女王と呼ばれる大女優だった。彼女は運転手付きのリムジンで屋敷を出た。おじさんは言った。 「佳代ちゃん、この人」 「え?」 「この人が、君のお母さん」  おじさんの言葉が信じられず、私はテレビの画面を凝視した。二時間サスペンスの女王と呼ばれる大女優そして私の母、美代子が画面の向こうで言った。 ・こんなに探し回っても見つからない……どこにあるの、推しのコンビニ限定コラボグッズ! 「町中のコンビニを回っても、見つからない! ええい、腹立たしいったらありゃしないわ! 何か事件でも起こらないかしら。殺人事件とか!」  後部座席で喚く女主人をリムジンの運転手が窘める。 「お嬢様、そのようなことを下々の人間に聞かれましたら大変でございます。いくら名探偵のお嬢様でも、言って良いことと悪いことが」 「あーうるさい! 事件事件事件! 事件が起きないと退屈なのよ!」  そんなことを言っていると事件が発生するのが人気サスペンス<お嬢様は名探偵>シリーズのお約束なのだが、それはこの際どうでもいい。 「おじさん、この人が私のお母さんって、本当なんですか?」  能代おじさんはタバコに火を点けた。 「美代子さんは若い頃、売れない舞台女優だった。お金が無くてね。それで、僕たちと契約した。そして君のお父さんと契約結婚したんだ」  そんな話、一度も聞いたことがなかった。契約結婚? 女性向け小説か何かの話なのソレ? 「君のお父さんは、君の祖父母から早く跡取りを作るよう責められていて、困っていた。そこで僕が提案したんだ。お金に困っている美代子さんと契約結婚して子供を作るようにって。そして二人は結婚した。長続きしなかったけどね」 「ちょ、と、ちょま、ねえ、ちょっと待って、おじさん! 私、意味が分からないんですけど」 「でも、長続きしなかったのは、実は僕に責任がある。愛のない夫婦でも、二人の間には絆があった。それが妬ましかったんだろうな、僕は。だから、あんな変な手紙を出してしまった。自分が恥ずかしいよ……今更だけどね、後悔している」  妬ましいというから、てっきり能代おじさんが私の母に恋をして、それで父に嫉妬したのかと思ったら、違った。 「僕と君のお父さんは同性愛者で、愛し合っていた。でも、当時は同性婚が許される時代ではなかった。それに跡取りの問題があった。君のお父さんは、子どもを残さないといけなかった。だから僕は、美代子さんを用意した」  つまりアテンド芸人みたいな真似を能代おじさんがやったのか! で、それから、どうなったの! 「僕は嫉妬でどうかしていた。『会いたいです』と書いた手紙を何度も送り付けた。そして、あの日、デパートの屋上で美代子さんと会い、君のお父さんと別れてくれるように頼んだ。美代子さんは拒否した。君や君のお父さんを別れたくないと言ってね。でも結局、芸能界に戻ることに決めたんだ」  能代おじさんは短くなったタバコを携帯灰皿の中に入れた。 「佳代ちゃん、これだけは言っておく。君を憎くて捨てたんじゃない。君を嫌って別れたんじゃない。君の祖父母との折り合いが悪かったんだ。酷い嫁いじめがあったみたいで……こればかりは、君のお父さんもどうしようもなかった」  テレビの画面で私の母、美代子が演じる名探偵のお嬢様(年齢的にはお嬢様ではない)が事件に巻き込まれていた。それを見ながら私は言った。 「おじさん、私、この人に会いたいです」  能代おじさんは芸能界に顔が利く。向こうの予定を聞いてみると言ってくれた。私はお礼を言った。そして再びテレビを見た。そこに映る女優は結婚歴のない美人女優として知られていた。私は、その隠し子なのだ。  この事実がマスコミに知られたら、大スキャンダルとなる。  会ってくれるだろうか? もしも会ってくれなかったら、どうしよう? ああ、この先、私はどうなってしまうのか? そんなことを考えていたら腹がグーとなった。何も聞こえなかったふりをして、能代おじさんが言った。 「お腹が空いてしまった。何か食べに行こうか。ご馳走するよ」  お言葉に甘えることにした。まずは腹ごしらえ、それから母を訪ねて三千里! じゃないや、次のことを考えようっと。 ☆彡 魔法学校創立五十周年記念文集 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 巻頭インタビュー ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆  本日は魔法学校の卒業生のフンラルマ・アダクッンダさんにお話を伺います。お忙しいところ恐れ入りますが、魔法学校の思い出をお聞かせ下さい。 「うるせえ! この野郎! 魔法学校なんてもんはなあ、くそくらえなんだよ! あんなとこなんか、俺には関係ない! もう縁が切れてんだよ!」  のっけから不穏な雰囲気ですね。どうしてそんなに不機嫌なのですか? 「俺はね、忙しいの。魔法学校の思い出なんて、話している暇なんかねえんだよ!」  まあ、そうおっしゃらず。何でも構いませんよ。学校生活についてとか、同級生のお話とか、先生のことなんか、思い出していただけませんか? 「もう忘れた」  入学したときの思い出などは? 卒業のときはどうでした? 運動会は? 文化祭は、いかがです? 「全部、忘れた」  それじゃ同窓会は? これなら最近の出来事でしょうから、覚えていらっしゃるのではないでしょうか。 「呼ばれていない」  え? 「え? じゃねえよ! 呼ばれていないんだよ!」  大魔法使いのフンラルマ・アダクッンダさんが、同窓会に呼ばれていないんですか? 「悪いか?」  いえ、意外だっただけです。どうしてなのでしょう? 「知るか」  お忙しいところをお呼びするのは申し訳ないと、幹事の方が遠慮なさったのでしょうか? 「そんなこと、普通、あると思うか?」  ないですね(苦笑い)。それでは、どんな事情があったのでしょう? 「さあな」  実は、フンラルマ・アダクッンダさんが魔法学校に入学なさっていた頃の資料を取り寄せておりまして。それを見ながら、お話を伺えたら、と思いまして。 「昔話だぜ」  その昔のお話をお聞きしたいのです。 「手短にいこう」  入学願書を出し間違えたのが魔法学校へ入ったきっかけだと一年次の自己紹介で述べられたそうですが。 「そうだろうな、それが事実だから」  本来は、どこへ入学願書を提出しようとお考えだったのですか? 「魔工学校に出すつもりで、間違えた」  魔工学校と魔法学校。確かに響きは似ていますね。  「だろ?」  でも、間違えないでしょう(笑い)。 「そうだな(苦笑い)」  入ってみて、驚かれたと伺いました。ショックでしたか。 「そうね、まあ、多少は」  魔工学校と魔法学校は何が違ったのですか。 「魔工学校は卒業すれば自動的に国家資格の魔工士の資格が取れる。でも魔法学校は違った。魔法学校を卒業して魔法使いになったとしても、その肩書は特に保証されたものではなかった」  魔法使いという肩書は、資格として曖昧だったのですね。 「そう。魔法使いになるのなら、同じ魔法を扱う職業の錬金術師になるよ」  国家錬金術師という身分が保証されていますからね。 「国が職業欄に裏書してくれるのは大きいよ」  希望の学校へ入学できなかったことが、その後の学校生活へ影響を与えましたか? 「魔法学校を退学して、魔工学校に編入しようと思った。再入学とかさ。だから、魔法学校の授業はやる気なかったな」  友達はできましたか? 「学校を辞めることばかり考えていたから、友人関係はさっぱりだったな」  ぼっちですか? 「ぼっちもぼっち、大ボッチだった」  そう言った中で、図書館で過ごされる時間が、次第に増えていかれたと伺いましたが、実際はどうだったのでしょう? 「そうやね、そうやったねえ」  変なあだ名を付けられたとか聞いております(含み笑い)。 「図書館の主とか呼ばれとったわ(爆笑)」  そして、その図書館で事件に巻き込まれたということですよね。 「そうやった、そうやった、ようやく思い出してきたわ」 ・学園の図書館から魔導書が盗まれた。疑われたのは、図書館の主と呼ばれる異端の生徒で――。  学園の図書館から盗まれた魔導書と言うのは、どういった物だったのでしょう? 「お高い物だったらしいよ」  どこに置かれていたのですか? 「知らん。お前が持っている資料のどこかに書いてあるんじゃあねえの」  普通に本棚に置かれていたみたいです。時価にして何億! みたいな貴重な品だったようですけど。 「あ、それは間違い。時価がどうこうといった話は、俺が学生だった頃にはなかった。その頃は、今と違って魔法使いの地位が低かったし、魔法学校そのものも信用されていないから、そこの魔導書とかに高価な値段はつけられないよ」  すると、高い物ではなかったのですね。 「貴重品ではあったと思う。だが、その価値が世間に理解されるようになったのは、最近になってからだ」  そうなりますと、価値を分かっている人間が盗んだわけですね。 「そうだろうな、と皆が考えたんだ」  疑われたのは、図書館の主と呼ばれる異端の生徒だったとのことですが――。 「それが俺、この俺」  俺俺詐欺ならぬ窃盗事件の容疑者にされてしまったわけですが、そのときの心境は? 「マジで腹が立った。あのときの屈辱は今も忘れられない」  フンラルマ・アダクッンダさんを犯人扱いしたのは、警察ですか? 「いや、警察は呼ばれなかったと記憶している」  そうですね、資料にも警察の捜査に関する言及はございませんねえ。 「騒いだのは生徒たちだ。教員よりも、生徒たちが大騒ぎした」  どうしてでしょう? 「ガキだからじゃねえかなあ」  と、申しますと? 「探偵ごっことか、犯人捜しとか、そう言うのが好きな年齢だったんじゃねえのかなあ」  盗難事件の容疑者にフンラルマ・アダクッンダさんの名前が挙がった理由は、いつも図書館にいるからですか? 「それは理由の一つだ」  他には? 他の理由があるのですか? 「その魔導書を読んでいるところを複数の人間に目撃されていた」  何人かに見られていたとしても、ですよ。それが盗んだ理由にはならないと思いますが。 「そう思うだろ? でも、違うんだ」  と、申しますのは何か事情があるのですか? 「はっきり言うと、俺は皆から嫌われていたんだ。まあ、だから同窓会にも呼ばれなかったんだろうな! ンまあ、こっちも会いたくないけどよ!」  特に証拠もなく犯人扱いですか……それは一種の魔女狩りですね。 「魔法使いだけど、魔女狩りの被害に遭ったってわけだ」  ところで、その魔導書というのは、どういうものだったのですか? 「色々な魔法が説明されていた」  特別な魔法ですか? 「今となっては特別ではないけれども、あの当時なら価値のある魔法だった」  禁断の魔術とかですか? 「禁断とか禁忌とか言っちゃうとアレだけど、そういうものではないと思う。例えるなら自動車の運転免許みたいなものかなあ」  それは、どういった意味でしょうか? 「アクセルに足が届くのなら、車は子供でも運転できる。だが、交通ルールを理解して運転できるかというと、そうとは限らない。強い力を制御するためには、それなりの知性や理性がいる。常識とか一般通念とかって言ってもいいかな。嫌いな言葉だけど」  その魔導書に書かれていたのは、力の強い魔法だったのですか? 「そうやねえ。魔法学校の授業内容よりは高度だった」  あれ、ちゃんと授業を聞かれていたのですか? 「やる気はなかったけど、教師の話は聞くには聞いていた」  魔工学校への入学を志すくらいですから、魔法そのものには興味があったのですものね。 「うん、まあね。でもさ! 正直、授業のレベルが低かった(笑い)。他の生徒には難しいようだったけど、あれなら聞き流していても大丈夫だな、と思ったよ」  後の大魔法使いフンラルマ・アダクッンダからすると、魔法学校の教員は低レベルの無能、カスも同然だったということですね。 「いや、そこまで言っていない(汗)。優れた先生は大勢いた。初代の校長先生が直々に教えた人間なんかは、凄かった」  そうでしたね。ところで、盗まれた魔導書の話に戻りますが、あの本の著者は魔法学校の創設者で、初代の校長先生なんですよね。 「そうなんだ。消えた魔導書を書いたのが、魔法学校の初代校長だったんだよ」  その初代校長に直接お会いしたことはございますか? 「ないない。俺が入学した頃には亡くなっていたよ」  優れた魔法使いであると共に、人格者だったと資料に書いてあります。 「ろくでなしのへたっぴだったとは書けないよね、創立者をさ」  そうですね(笑い)。大魔法使いフンラルマ・アダクッンダから見て、その魔導書を書いた魔法学校の初代校長は、どのような人物だったと思われますか? 魔導書の内容から類推して、ですが。 「人に何かを聞く前に自分で調べたらどう? そこにある資料に載っているでしょ」  それならインタビューの意味がないじゃないですか(笑い)。でも、おっしゃる通りですから、見てみますよ。 ・魔法はあるが、それを教える場所がない世界に転生した校長先生。よし、魔法学校を創ろう!  資料に創立理念が書いてありますね。 「入学の時にもらったパンフレットにも書いてあった」  魔法はあるが、それを教える場所がない世界つまり、この世界に校長先生は転生してきたのですね。 「そうらしいね」  どこから来たのでしょう? 「さあねえ。分からん。ああ、でも、そう言えばさ、あの魔導書にはね、ちょっとだけど、そこら辺の話が書いてあった」  どういった内容でしたか? 「こっちの世界に転生する前にも、校長先生は校長先生だったみたい」  前も学校の先生だったのですか? 「そっちでも魔法学校の校長先生だったみたよ」  転生してきたということは、向こうで亡くなられたのでしょうか? 「う~ん、どうだろう? 転生ってさ、色々なパターンがあるじゃない? そんな風に、前の世界、前世っていうのかなあ、前に生きていた世界で死んで、別の世界へ生まれ変わる、というのもあれば、死なないけど心と体が別世界へ移動する、というのもある。寝ている間だけ異世界へ来る人もいるらしい。その中で、校長先生が、どのタイプだったかというと、はっきりしないなあ」  どういう方だったのでしょうね。 「教育熱心な人だったのは間違いないと思う。わざわざ魔法の学校を創ろうとするくらいだからね」  他には何かございますか。 「立派な人だったと思う」  仕事熱心だった? 「魔導書に記されていた魔法には、かなり高度なものが多かった。この魔法学校のカリキュラムを越えたレベルだ。それを生徒に学ばせなかったのは、誤った判断だったのかもしれない。でも、そのレベルについていけなくて、脱落する者が大勢出たような予感がする。そもそも、この世界に従来からあった魔法の体系とは、形が異なるからね。それを教える授業についていけなくなった生徒が退学するとして、その退学者が増えてしまったら、学校の経営が成り立たなくなる。そうなると、レベルを落とした授業のカリキュラムを組まざるを得ない」  しかし、それで魔工学校や国家錬金術師の養成所の講義内容と変わらないレベルなのですよね。 「そう、その通り。でも、今は変わった。魔法学校の授業レベルは、あの魔導書の一般水準にまで近づいている。魔工学校や国家錬金術師の養成所を出た人間だと、我々の高度な魔法を扱えない。魔法学校出身の卒業生が、凄い魔法を使う凄腕の魔法使いだと重宝されるようになった」  初代校長先生が目指した魔法学校に近づいた感じですかね。 「俺が読んだ魔導書の内容には、まだ足りない。もっとレベルを上げていかないと駄目だ」  そうですか。大変ですね。 「他人事だな(笑い)」  こっちは魔法使いじゃなくて魔法学校創立記念文集の編集スタッフですから。でも、こっちはこっちで悩みがあるんですよ。 「聞かないでおこう(笑い)」  聞いて下さい。実は学校の創設者で初代校長先生の人物像をつかみきれていないのですよ。 「そうか」  もっと真剣な表情で頷いて下さいよ。全然わからないのです、初代校長先生のことが。何かご存じのことはございませんか? 「う~ん、会ったことがないしなあ。魔導書は読んだけど、自分のことは書いていなかったし」  独身だったか、とか、家族がいたのか、とか、わかりませんか? 「全然。てか、それを聞くなら俺よりも他に適任者がいないの?」  年賀状のやり取り程度の付き合いしかなかったようで、皆さんご存じないのですよ。こちらの世界では単身生活だったみたいですけど、前の世界はどうだったのでしょう? 「いや~分かんないな」  魔導書に転生前の世界について書かれていませんでしたか? 「前の世界でも魔法の学校の運営に関わっていた感じはした。それで、その学校を潰したらしい」  何か書いてあったのですか? ・廃校となった魔法学校の地下に、広大で危険な迷宮が封印されているという噂が広まり……? 「こういう一節が消えた魔導書にあった。この廃校となった魔法学校というのが、初代校長先生の勤め先だったみたい。でも、詳しいことは分からない。この封印された広大で危険な迷宮が何なのかも不明だ」  気になりますね。 「そうだろ? 俺も気になる。色々と想像できるよな」  例えば、その迷宮が、この世界かもしれませんね。 「迷宮の奥にあるのが、この世界みたいな話の展開があるのかもしれない」  校長先生はお亡くなりになったんですよね。それは確かですか? 「そう聞いているけど、どうだろう?」  実は生きているとか? 「魔導書が消えてしまったことと、何かのつながりがあるのかもしれないしなあ」  分からないことだらけですね。それでは今日はどうもありがとうございました。 「おいおい、ここで終わるのかよ」  手短にとおっしゃたのは、そちらでは? 「ぎゃふん」 ★彡 終章~二万文字を越える  大御所セレブ女優にして敏腕映画プロデューサーであるポメラ・リー・アンダーソンは、エージェントが送って寄越した映画原作に相応しいと思われた小説を全部ゴミ箱へ叩き込んだ。
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