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「雨か……」
社屋の窓に細かい雨粒が付いている、だが天気予報では夕方には雨は上がると言っていたからまぁ大丈夫だろう、俺はそうたかをくくっていた。
そして夕方。
「嘘だろ……」
雨は上がるどころか強くなっていた。
傘は……無い。
困っていた時にラインの通知が来た。
「先輩、傘無かったら僕と相合傘で帰りませんか?」
確かに傘は無いが相合傘なんてしたら周りに俺たちの関係がばれるかもしれない、それであいつになにか被害がでたらと思うと到底出来ない。
「傘はあるから大丈夫だ」
嘘のメッセージを送った。
これでいい、あいつとの関係を少しでも長く続けるためだ。
走れば駅まで五分もあれば着く、俺は鞄を頭に乗せて走った。
駅に着く頃にはずぶ濡れでとりあえずハンカチで顔周りを拭うと、後ろから肩を叩かれて振り返ればあいつがいた。
「傘、持ってないじゃないですか。よかったらタオルどうぞ」
相変わらず用意がいい、素直に受け取って使わせてもらう。
「俺を待ってたのか?」
「待ってないですよ、先輩走ってて僕の横通り過ぎたの気付いてなかったでしょ?それに僕には先輩がどこにいても即見つけられる特技がありますからね!」
胸を張って言うことか、それを笑顔で言ってしまう所も愛らしい。
「最寄り駅まで着いたら相合傘ですよ、先輩」
「まあ……あの辺りなら会社の人間に見られないとは思うが……」
「じゃあ大丈夫!決まりですね!」
(会社の人にはもうばれてるから心配とか要らないんだけどね)
――遡ること一ヶ月前。
如月蓮(きさらぎ れん)は会社の先輩で恋人の九条彰(くじょう あきら)と電話で話していた、内容は次のデートの打ち合わせ。
「……待ち合わせはいつもの店ですね、ふふっまた酔っても僕が介抱しますから安心して呑んでいいですよー、じゃあまた……先輩……いえ、彰さん愛してます!」
電話を終えて振り返ると彰と同期の女性社員が顔をひきつらせて立っていた。
「あなた……あきらさんて、まさか九条君のことじゃないわよね?あきらって名前の女子とか、よね?」
あちゃー失敗したと、蓮は思った。まずいな、自分はともかく彰に悪い噂がたつのは避けたい、けど……。
「今の電話の相手は九条彰先輩です、僕の恋人です」
「嘘でしょ……」
「本当です、周りに言ってもいいですけど……先輩に迷惑かけたくなかったら、これ内緒話にしてください、僕とあなたの二人だけのね?」
自分の見た目の良さを逆手に取って小悪魔っぽく言ってみる。
すると、案の定彼女は頬を赤くしてわかったと言ってその場を去った。
先輩は出張中でこの事を知るはずもなく、僕と先輩の関係は静かに浸透していったのだった。
――時は戻り、帰り道。
「良いですね相合傘、誰も僕らを見ないから堂々としていられるし」
「そうかもな、これも周りに見られないし」
傘の内の秘密の口づけ。
たっぷりと甘く辺りには雨音だけが響く、二人だけのような時間。
この時間がずっと続けば良いのにとお互いに思う二人だった。
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