AIになれない私たちが

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 試合が終わり、チャイムが鳴り、ありがとうございましたと気怠そうな挨拶を終え、皆がぞろぞろと体育館を出て行く。六限目は英語だ。教室に帰る気にならなくて、転がっているボールを手に取った。彼女も帰らず、私を見ている。  「ここから入るかなー」  一度、体育館にボールを跳ねさせる。その勢いのまま、スリーポイントより遥かに遠いこの位置から飛んで、ボールを放った。たどり着くまで、約5秒。  がしゃ、とリングが大きな音を立てる。てんてん、と情けなさそうにボールがコートの上を跳ねた。外れた。  「無理だった」 「入ったら奇跡ですよ」  後輩は少し笑った。その時、なぜか突然、彼女の声で「感情が無ければいいのにって思います」と聞こえた気がした。  いつか、言っていた言葉だ。あれは留学する直前で、文脈なんて覚えていないが、確かにそう言っていた。何でだっけーーー思い出せそうで思い出せなくて、でもやっぱりAIみたいに完璧に動けたなら、入れられた点も守れた点も、勝てた試合もたくさんたくさん、 たくさんあって、 「今、AIみたいになれたらいいのにって思った」 「え?」  唐突すぎて、彼女は驚いたまま私を見る。  ずっと思っていた悔しさや緊張や、そういうものを綺麗さっぱり忘れることはできない。  でも、と思う。  ドリブルをしながら走った。だんっと踏み切る。線ぎりぎりの、スリーポイントシュート。ボールが、自分の腕から放たれた。  あ、入る。  指先を離れた瞬間、そう確信した。放物線を描きながら一度ボードに当たる。リングを通り抜けた。 私は振り向く。背中で、ボールが跳ねる音が何度も聞こえる。  「でもバスケがかっこいいのは、人がプレーするからだよね」  そう言って笑いかけたら、彼女は目を大きく見開いたままこちらを見ていた。呆然としている、というより、色んなことを頭の中で考えて考えて考えすぎて、止まってしまっているようだった。  それは、機械がフリーズを起こしたと言うより、生身の人間の感情がない交ぜになったような。  「どうしたの」 「……何でも、ないです」  ふいっと彼女はそっぽを向く。頬が太陽の光を受けていた。赤く染まっている。 「顔真っ赤じゃない?」 そう見えるだけです、という返答を予想していた。だが、全く違う答えが返ってきた。  「先輩のせいです」 「えっ」  どういう意味?と尋ねても、知らんふりをしたまま体育館を出て行く。ボールを急いで仕舞って、シューズを履き替えて体育館を出ると、もう彼女の姿は見えない。  でも、さっきシュートが決まった時、少し泣きそうな顔をして、でもちょっと笑ってくれていた。そんな気がした。 振り向いて、体育館を眺める。差し込む日差しは静かで、でもあたたかくて、何だか彼女みたいだと思った。 AIに成れない、私たちが。
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