AIになれない私たちが

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 感情が無いってどんな感じなのかな。  座り込んで見上げると、彼女は「急に何ですか」とこちらを見下ろした。五限目、体育の授業中、出番を終えてバスケの試合を見ている。 初夏の日差しが差し込み、床で光がぱっと反射する体育館は、シューズが擦れてボールが跳ねる音、同級生の声、隣に立つ彼女で創られていた。  「この前ニュースでロボットの話してて、何だっけ、経験から学ぶようになったっていう」 背中で感じる体育館の壁がひんやりと冷たい。彼女は、ああ、と頷いた。  「AIですか」 「え?愛?これ?」 指でハートマークを作ると、彼女はうんざりした様子で「何でその文脈でハートが出てくるんです」とつっこむ。  「えー、あい、じゃなくてAI、アルファベットですよ」 「何それ」 「まさか本当に知らないんですか」 あっさり頷くと、もう少し常識持ってください、と彼女はため息を吐いた。ピピーッ、と笛が鳴る。点が入ったらしい。  「歳ひとつ違うから許して?」 「あなたの方が年上でしょう」 ばっさりと断ち切られ、しかしそれもそうだと笑った。去年は一年間、バスケで海外留学をしていた。二度目の高校2年生も同級生が優しくて、楽しく学校生活を送ることができている。  「まぁ、歳は関係ないでしょ」 「そっちから言い出しましたよね」 じっと横目で私を眺めつつ、彼女はそれでも答えてくれる。そう確信していると、案の定、点数板を変えながら口を開いた。  「人工知能、英語だと Artificial Intelligentです。先輩が言った通り、一言で言えば学習するロボットですね。経験を糧にして、次の動作を決定します。感情は……そもそもそういう概念が無いんでしょうね」  ふーん、と言いつつ、彼女を見上げながら思ったのは、感情が無いなら『どんな感覚』というのも存在しないのか、ということだった。  罵詈雑言を吐かれても、「どういう意味ですか」と返す。説明されたら傷つかず、ただ学習する。すごいね、と言われて「ありがとうございます」と返すAIは、人間がそういう行動を取るから真似をするのみで、本当の感謝などしていない。  「みたいな感じ?」 「そうですね」 試合に目を向ける彼女が、小さく頷く。ありがとう、が形だけなのは、何だか少し悲しいような気がした。  とはいえ、感情が自分の行動を邪魔をする時があることも、痛いくらいに分かっている。緊張が全て消えて、いつでも同じ動作ができるなら。 それなら、あの時シュートを決めることはできていた。そういう後悔が心を渦巻く時は、嫌というほどあるのだ。  「ていうか私より全然発音いいよねぇ、英語」 純粋にすごいと思いながら笑顔で言うと、ちらりと私を見て、「そんなことはないですけど」と小さく呟いて、視線をコート内に移した。そんな横顔を見て、可愛い後輩だな、と思う。  「ツンデレってこういうこと?」  私が思ったそのまま口に出すと、「張り倒しますよ」と実に辛辣な返答が飛んできた。
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