壁ドンから始まるプロローグ

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壁ドンから始まるプロローグ

「堀井さん」 会社の廊下を歩いていると、誰かから声をかけられて……。 振り向くと、Paul Smithのネクタイが見えた。 「誰だろう?」と視線を上にスライドすると、彫像ばりに鼻筋の通った端正な顔があった。 ……それは、赴任当初から憧れ続けていた郡司部長だった。 「ひょえっ!」 驚いた私は、思わず後ずさる。 郡司部長こと、郡司透吏さんは今年で33歳。 去年、社内史上最年少の32歳で営業部長になっただけあって、オーラはバツグン。 鍛えられた長身と整ったルックスは、芸能界でも重宝されるのではないか、と思うくらいだ。 でもこうして、いざ実物を正面から見るとあまりのカッコよさに言葉が出なくなる。 「どういうつもりだ?」 「あが…あが…」 「あがあが言ってないで、質問に答えろよ」 郡司部長はしびれをきらしたのか、私を壁際までジリジリと追いつめる。 壁に背中がついた瞬間、部長の左手が私の耳のそばを通っていった。 トン! 耳のそばでふわっと風が起こる。 おそるおそる見上げると、二重まぶたの涼やかな両の瞳が私だけを見ていた。 「!!!」 そうか、これが壁ドン…。 絶体絶命の大ピンチにもかかわらず、さっきから私の心臓がうるさいくらいに跳びはねている。 (…ああ、もう駄目だ。そろそろ、あの禁断症状が出てくるかもしれない……) 郡司部長が言った。 「さあ、事情を話してもらおうか。 ……元・営業センターのホリイカヨコさん?」 私の手がカッと、熱を帯びた。
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