ひみつの副業

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ひみつの副業

仕事が終わって何の予定もない私は、今日も家に直帰だ。 知らぬ間に秋が訪れていて、いつのまにか駅前のイチョウの葉は散っていた……。 毎日通っているくせに、風景のことなんて気にもとめなかった自分が、少し歯がゆい。 スーパーで豆腐やネギを買う。 今夜は少し肌寒いから鍋にしようと思う。 ギリギリ都内の最寄り駅から6分、喧噪から離れて住宅街をしばらく歩くと「堀井整骨院」という看板が見えてくる。 私の家であり、家業でもある。 玄関を開けていると、誰かが窓からのっそりと顔を出した。 「お、かよちゃん。おっかえりい~」 歯のないつるっぱけの滝爺こと滝沢成一さんだった。25年来の常連の1人だ。 「ただいまです」 「泰造さん。かよちゃん、帰ってきたよー」 「あ、やべ!」 と、父親が何やらガタガタ音を立てている。 「ちょっと!また将棋やってたでしょ!」 「バレた?」 「バレてるよ~。もーまだ勤務中でしょ~」 「16時過ぎになったらお客さんがぱったり来なくなっちゃってさあ」 常に閑古鳥が鳴いている。 かろうじて常連さんだけが来てくれる、瀕死の整骨院だ。 滝爺の真っ赤な顔を見て、気が付く。 「お酒も飲んでたでしょ~」 「ごめんごめん」 滝爺は片手を立てて詫びると、サーっといなくなった。 ったく、逃げ足だけは速いんだから!
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