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綾瀬璃子の嘘
紀夫はホントに鈍感だ。
鼻の下を伸ばして、アタシに恋のおまじないなんて教えてさ。
アタシがおまじないを使いたいのは、あんたなのに。
着崩したパーカーを揺らしながら、スキップで去る紀夫を見送って、アタシは中庭に向かった。豪山の噴火が収まってから、スマホを返してもらわなきゃいけないもん。今はまだ早い。
「はあーあ。六年生初日から最悪」
ベンチに座ると、思わず大きなため息がでちゃう。
――シャンプー、変えてみたんだけどな。
紀夫はなにも言わなかった。
髪型を変えたって、服を変えたって。
紀夫は何も言ってくれない。
「璃子ちゃん。おはよう」
ピアノみたいに優しい声が、私の耳にすっとなじんできた。
顔を上げると、黒い髪の天使がいた。宝石みたいな瞳に、うるうるしてる唇。桜柄のワンピース。百人中百人が「美少女」って言う見た目。
菖蒲みたいに可愛かったら、紀夫はふりむいてくれたのかな?
「おはよう、菖蒲」
「大丈夫? なんだか元気がないみたい」
いきなり本当のことを言われて、アタシはギクリとしちゃう。
「えーっと……ほら! 豪山にスマホ奪われちゃってー。豪山の怒りが収まるまで待ってないといけなくてさー! もう、新学年早々ヒドくない?」
アタシは笑ってみせるけど、菖蒲の眉はハの字のままだ。
うう……ここは話題を変えないと……そうだ!
「紀夫から、恋が実るおまじないを教えてもらったんだけど」
「恋が実る?」
菖蒲の声が少し高くなった。アタシはメモを開いて読み上げる。
「そう。好きな人の——」
そこまで言って、アタシは思いとどまった。
菖蒲は男子に大人気だ。紀夫が好きそうな女の子だ。
もしも菖蒲が、紀夫におまじないを使ったら……?
アタシは震える唇をきゅっと噛む。振動が消えてから、アタシは続けた。
「——好きな人の写真を紙に貼るの。その隣に自分の写真を貼って、ふたつの写真を囲うようにハートを描いて。その紙を一週間隠しておけたら、恋が実るんだって」
「写真かあ……難しそうだね」
菖蒲は考え込む仕草をした。悩む表情ですら可愛いの、ずるいなあ。
ごめんね。アタシ、嘘のおまじないを教えてる。
エイプリルフールって逃げ道があるからって。
アタシ、嫌な子だ。
嫌悪感から逃げたくて、アタシの口が達者になる。
「ちなみに、菖蒲ってどんな人が好きなの? 菖蒲には、引っ張ってくれる男子が合うと思うけど。ヘラヘラしてるのはダメだと思うなー。紀夫みたいなヤツは合わないよ。こんな感じで、余裕のある男子がいいと思うな」
立ち上がったアタシは、腕を組んで、背筋をのばす。
「うーん……誰も見ていないところで、みんなのために頑張っている人かな」
菖蒲のほっぺたに桜が咲いた。そして、目を左右に動かす。
「どうしたの菖蒲?」
「う、ううん。ちょっと、お手洗いにいってくるね」
両手をあわあわと動かした菖蒲は、パタパタと校舎に入って行った。
どうしたんだろ、なんだか悩んでたみたいだけど……
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