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鈴木大和と犯人の嘘
——渉の写真日記は、結局見つからなかった。
豪山先生の嘘を暴いた後、渉は職員室に連行された。あらかじめ、春休み期間中の日記を全部書いておくという姑息な手がバレて、豪山先生に雷を落とされている。日記に嘘を書くのはエイプリルフールでも許されなかったのだ。
自分は顧問に「午後の練習は少し遅れる」と伝えてから、教室に待機していた。窓際に立って、入口に背を向けて。
自分は確信していた。ある人物が教室に来ることを。
それが実現するのはすぐだった。ゆっくりと扉を開ける音がする。なるべく音を立てないように、恐る恐るの行為なのが伝わってくるが、あいにく教室内が無音なので隠し切れていない。
「渉が宿題を持ってきたのは本当だ。あいつは嘘をつく時に、必ず右腕を掻くから。豪山先生の件は、奇跡的に嘘が的中したんだろう」
自分は推論を披露する。教室に入ってきた主に。
「自分は教室のゴミをまとめた。渉が食べたキャンディの包装と一緒に。そのゴミは、皆や先生が教室に来るころにはなくなっていた。自分がゴミを捨てに行っている間に、渉が皆を集めたんだから、物理的にそうなる」
主は息を殺している。
「だから、皆はゴミの中身を知らない。教室に『菓子のゴミがあった』ことを、自分と渉以外が知っているのはおかしいんだ。もし知っているとしたら、正体は——自分がトイレに行っている間に、教室に入った人間だ。そうだろう?」
自分はくるりと振り返った。
「祇園さん」
入り口に立つ祇園さんは、身体を小さくしている。両手で抱きしめているのは、一冊のノート。
「どうして渉の日記を持ち出したんだ?」
祇園さんはうつむいている。自分は努めて平静な声で問いかける。
「祇園さんが戻ってくると信じていなかったら、ここで待ってない。嫌がらせ目的ではなくて、なにか事情があったんだろう?」
自分の言葉に目を大きくした祇園さんは、吐息混じりに、ゆっくりと言った。
「おまじない」
……おまじない?
「誰かと、その……仲良くなれるおまじないに、その人の写真が必要で……草原くんの日記になら、写真があるかもって。私の携帯で、写真の写真をとったら、すぐに返すつもりだったの。でも、教室に戻ってきたら大事になってて、言い出せなくて……ごめんなさい」
祇園さんの目に涙が浮かぶ。そういうことだったのか。
ビクビクしている祇園さんに歩み寄った自分は、すっと手を出してお願いする。
「自分に謝る必要ないよ。日記、もらっていいかな。渉には自分からうまく言っておく。今日は世間的には、嘘が許される日だから」
コクリと頷いた祇園さんは、すっと日記を差し出した。
これで自分も、四月一日の行事に参加することになったわけだ。
伏目の祇園さんが、繊細な声色で聞いてきた。
「鈴木くん、私のこと、嫌いになったよね……?」
「嫌いではないけど……祇園さんなら、おまじないなんて使わなくてもいいと思う。直接言えば、仲良くしてくれると思うよ」
自分のゴミ回収に「ありがとう」と言ってくれたのは祇園さんだけだし。
パッと顔を上げた祇園さんは、やや前のめりになって、上ずった声を出した。
「そ、それじゃあ、私と、仲良くなってくれる……?」
「え?」
祇園さんと目が合った。黒い瞳が水面のように透き通っていて、揺れている。
……さっき自分で言ったことを嘘にするのは、エイプリルフールだからって許されないだろう。
いや、許されたとしても、するつもりがない。
「うん。よろしく」
自分が微笑んでから、少し遅れて、祇園さんがの顔が綻んだ。
こうして、六年三組の発足初日に起きた事件は、穏やかに幕を下ろした。
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