草原渉の嘘

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草原渉の嘘

 なるほど。腕を組みながら、身体をピンと伸ばしてドヤ顔すれば、余裕があるように見えるのか。  中庭で綾瀬と祇園が話しているのを聞いたオレは、自分のラッキーマンぶりに惚れ惚れした。  朝から野球部の練習があったオレは、すべての荷物を六年三組の教室において、部活に参加してたんだ。  その休憩時間、オレは禁忌を犯した。  土だらけの体操着姿のまま、学校の近くのコンビニに行ったんだ。休憩時間に学校の外に行くなって顧問に散々言われてるんだけど、今日だけはどうしても外出せねばならなかった。  今日は『野球ウエハース』の新弾(しんだん)の発売日なのだ!  プロ野球選手のカードが入ってるんだけど、ファン待望の日神(ひかみ)選手が初実装されたんだ! 絶対に手に入れなければならなかった! 夕方まで待ってたら品切れしちゃう!  無事に五個のウエハースを手に入れたオレは、ホクホク顔で学校に帰ってきた。これを今から教室で開けようと思ったところで、綾瀬達の話を聞いたってワケ。  嘘をつくのが下手くそだと、耳がタコになるほど言われてきたが、今回こそは乗り切ってみせるぜ! 顧問にバレないように、完璧な演技をしてみせる!  ……その前に、トイレトイレ。  オレはルンルンと口笛を吹きながらトイレに入る。そこで一人の男と鉢合わせた。 「渉、どこで道草をくっていたんだ?」  男が笑う。あ、目は笑ってない。  シワのない体操着姿のソイツは、オレの幼馴染にして、野球でのバッテリーにして、切れ者だ。  オレは右腕を掻きながら、どうにか言葉を捻りだす。 「あー、大和(やまと)ちゃん。アタクシはね、ちょーっとお庭のお掃除を」 「エイプリルフールだからって、ついていい嘘と悪い嘘があるな」  大和の剣によって、オレの盾は砕け散った。いつもそうだ。オレの嘘は、ことごとく大和に見抜かれる。なんでだよ! ピッチャーの考えることは、キャッチャーにはお見通しってか! 「頼むよー、顧問には言わないでくれよー。どうしてもウエハースを手に入れたかったんだ!」  俺は両手を合わせて懇願する。大和は黙っている。  ……そうだ! 今こそ、れいのポーズを使う時だ!  オレは腕を組んだ。背中をまっすぐにした。 「ふっ……黙っていてくれたら、ウエハースを恵んでやってもいいぜ?」 「よし、顧問に言ってこよう。今の渉の立ち姿が、今世紀最大の怒りを呼んだ」 「あーん! 嘘よ、嘘! 同じ味噌汁を何年も分かち合っている仲じゃない! 写真日記にも、愛のディナーを共にした記録が載っているのよ!」  写真日記とは、春休みの宿題のひとつである。要は絵日記の絵を写真に置き換えたやつ。大和が作ってくれた味噌汁を、オレと大和で食べている写真もついている。  くそ! 渾身の「余裕のポーズ」を披露したはずなのに! なんで宿題の日記を使って泣き落としにかかってるんだ!  顧問のところに行こうとする大和を止めるために、オレは大和の腰にまとわりついた。 「やめろ気持ち悪い! 分かったから離れろ!」  オレを振り払った大和は、クソデカい溜息をついた。なんだかんだで折れてくれるのが大和ちゃんだ。  安心したオレは一個目のウエハースをあける。ウエハースの包装をポッケに突っ込んだオレは、カードより先にウエハースを取り出して、大和に渡す。 「サンキュー、大和」  オレの渡したウエハースを受け取った大和は「ありがとう」と言った。 「だが、ここで飲食物を開封するのはよくないと思うぞ」  ……そうだった。ここ、トイレだった。  トイレを済ませたオレ達は教室に入った。オレは鞄に財布をしまうために自分の机に向かう。 「ところで、大和は何してたんだ? 誰も居ない教室で」 「掃除をしていた。何故かすごく汚くて、落ち着かなくてな。どうしてか分からないが、持ち込み禁止であるはずの菓子のゴミがあったから。キャンディの個包装」  大和が指さした黒板の下には、ゴミの詰め込まれた袋があった。名探偵大和の、恐怖の笑顔がオレに襲いかかる。 「おお、オレじゃねえよ! だって、だって、朝の教室には……」 「教室には?」  オレは右腕を掻きながら言葉をかき集める。 「豪山がいたんだ! だから、菓子なんて食えねえよ! 殺される!」  ……今日がエイプリルフールでよかった。嘘をついても怒られない日だからな! 「……なるほどな。それじゃあ、自分はこのゴミを捨ててくるから」  疑惑の眼差しを残して、大和は教室を出て行った。ゴミ袋と一緒に。  あー、助かった! 生きた心地が帰ってきたぜ!  オレは財布を鞄にしまいながら、荷物整理を始める。  そして、あるものが無いことに気がついた。
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