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仁部紀夫の嘘
俺の小学校生活最後の一年は、悪いことといいことが同時にスタートした。
四月一日の学校玄関は、半分くらい開いた桜に見守られている。入口の脇に置かれたでっかい掲示板に六年生が集合している。
今日はクラス分けと担任の先生が発表される日なんだ。
俺は六年三組の枠に『仁部紀夫』を見つけた。まずは絶望したよ。
三組の担任のところに書かれているのは、豪山厚の名だったから。
「おい! なんだこのチャラチャラしたキーホルダーは!」
右の方から大げさな怒り声が聞こえてきた。噂をすればってやつだ。
熊みたいな威圧感で腕組みをしているのこそ、豪山だ。腕まくりしてるから、ムキムキの筋肉とフサフサの毛がむき出しになってる。
大きくてゴツゴツした手で、女の子——綾瀬璃子の持っているスマホをつかんだ。リボンやら花やら星やらのキーホルダーが、じゃらじゃらと音を立てる。
璃子はポニーテールを揺らして抵抗した。
「いいじゃないですか! 今日はまだ春休みなんだから!」
「ダメだダメだ! こんな派手派手しいもの、校則違反だ! 後で職員室に来い!」
豪山はデカい背中を向けて、ずんずんと歩き去っていく。その背に璃子は、盛大にあっかんべーをおみまいした。
「超ムカつく! 今どき頭が固いって! 紀夫もそう思わない?」
璃子の言葉に、俺は首を縦に振って同意する。璃子は小さい時から勝気だから、豪山にも立ち向かうんだな。
あれが担任になるんだぜ。絶望だよ。
「結局、俺と璃子は六年間同じクラスか」
「……嫌?」
いつも元気な璃子が、急にしおらしい声を出した。どうしたんだ急に?
「嫌っていうか、すごい確率だよなーって思っただけだけど」
「そっか」
璃子が微笑んだのを確認してから、俺は改めてクラス分けを見る。
三組の中に『祇園菖蒲』の文字が刻まれている。さらさらの黒い髪に、白い肌、大きな目に綺麗な声。
ついに同じクラスになれたんだ。なんとかお近づきになりたい!
祇園さんに憧れる奴は多いが、俺には有利な条件がある。まずはそれを使って、祇園さんの気持ちを確かめないと。
そのための方法を、俺はアドリブで作ってみせた。
「そういえば璃子、恋が実るおまじないって知ってるか? 璃子はそういうの好きだろ?」
「恋が実る?」
予想通り、璃子の目が輝いた。ちょっと食いつきすぎな気もするけど。
「好きな人に璃子の名前を書いてもらうんだ。その隣に璃子の手で、気になるやつの名前を書く。ふたつの名前を大きなハートで囲ってから、その紙をしまっておくんだよ。一週間、誰にも見つからずに置いておけたら恋が実るんだ」
璃子はうんうんと頷きながらメモをとっている。我ながら、それっぽいおまじないを考えるのウマすぎないか?
万が一、嘘だったことがバレても「エイプリルフールでーす!」って言えばいいんだ。うん。俺って頭いい!
璃子は祇園さんと仲がいいからな。これは大きなアドバンテージだ。
璃子の口からニセおまじないを祇園さんに伝えてもらう。そしてもし、祇園さんが俺に名前を書いてほしいと言ってくれたら……!
担任が豪山だったのは災難だけど、祇園さんと同じクラスという幸運もやってきてくれた。このチャンス、絶対に活かしてみせるぜ!
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