103人が本棚に入れています
本棚に追加
/61ページ
第5章 再会 (1)
「あの。驚かせてごめん。怪しい者では……いや、十分に怪しいか」
建屋に入る上り階段で、成行は足を止めた。振り返る視線の先には、渋い柄シャツに黒のスキニーパンツを着こなす背の高い男性がいた。
茶髪の髪は前髪だけゆるくウェイブがかかって額に落ちている。涼やかな双眸に鼻筋の通ったイケメンは、固まる成行を前に、戸惑いながら言葉を探していた。
「いえ……僕は……あなたのこと、知ってます」
「えっ! そうなのか? 思い出してたのか?」
階段を駆け上がろうとする男に、成行はさっと身構えた。その様子を目にした男は二の足を踏む。
「んなわけ、ないか」
思い出したなら出したで、連絡してこないほうがショックだ。
「すみません……僕が持ってたらしいスマホ壊れてて。でも、ホーム画面であなたの写真を見ました」
――もし、出先で記憶が戻っても、航留のことわかるように――
固まったままの航留の耳に、再びあの時の声が甦る。
「そうか。ああ、言ってた通りになったんだ」
「はい?」
「あ、いや。俺は峰航留っていうんだ。ここで、カフェを経営してる。君は一年間、ここで住み込みのバイトをしてたんだよ」
航留はようやく名乗ることができた。すぐにも抱きしめたい気持ちを抑え、店のメニューが載ったリーフレットを差し出した。
こんなもの、作った時には必要ないと思っていたのに役立つなんてな。開店当時、越崎のお節介で作ったものだった。カフェの外観と内観、メニュー、それに航留の写真付きだ。
「時游館……」
受け取ったリーフレットを見つめ、成行はつぶやく。頭の中で、何かが反応しないか確かめるように。
すぐに思い出すようなことは期待するな。越崎は航留に忠告した。古い扉が開いたと同時に、その間にあった扉の鍵がかかってしまったのだ。二度と戻らないことも十分にあり得ると。
「この画像だろ? その、スマホにあったの」
それでも、航留は気がせいて仕方なかった。自分のスマホを取り出し、まだチラシを眺めている成行に見せる。
「あっ」
そこには、二人でシェアした画像があった。もう電源が入らない成行のスマホ。あれ以来見ることが叶わなかったが、その『絵』はしっかりと覚えていた。
「はい……そうです」
再び目にした、自分の輝くような笑顔の画像。この笑顔こそが、成行に不可解な恐れと羨望を呼び起こしていた。
「少し、話できないかな。ここにこうして来れたのは、ワケがあって……佐納君に説明したいんだ。君がどうして記憶喪失になったか、そのきっかけと、それを作った連中のことがわかったから。それとももう、思い出してる?」
記憶喪失になったきっかけ。それはまだ思い出せていないことだ。当然成行の知りたいこと。
「どういうことですか? 僕はまだ、そのことを思い出せてない。どうして」
「ああ、やはりそうか。うん、ちゃんと話すよ。だから」
もちろん、記憶を失った瞬間のことは知りたい。それがどんなことで、まさかの殺人事件に関わっていようとも。けど、成行はそれよりも、この『航留』なる人物のことが知りたかった。彼と自分の関係、あの笑顔の理由を。
「わかりました」
成行は階段を降り、先に立って航留を導く。食堂棟にあるファストフード店に向かった。
最初のコメントを投稿しよう!