第5章 (5)

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第5章 (5)

『おまえ、俺のことじろじろ見るなよ』 『え、み、見てません……』 『そうかあ? な、みんなも思わないか?』 『思う思う、こいつ、清水のことしょっちゅう見てるぞっ!』 『そんな、ご、誤解です』  成行の耳の中で、自分を卑しむ声がこだまする。当時、中学生だった成行は、放課後の教室で男子生徒に囲まれた。 『おいおい、佐納、もしかして清水に気があるとか? モーホーってわけっ!?』 『げええっ、きっもちワリイっ!』 『違います!』  首を振り、壁に背を押し付けながら必死に否定した。  ――――けど、違わなかった。  クラスでも目立つタイプの清水のことを、成行は好きだった。同じクラスになってから、彼のことをチラチラ見てたのも本当だ。 『清水――。そんな邪見にしてやるなよ。よく見たら、そこらの女子より可愛いぞ』 『あほかっ、キモイは。ブスのほうがまだマシだよ。おまえ、もう俺のそばに来るなよなっ』  その、好意を寄せていた彼に『気持ち悪い』と言われたこと。他の男子たちに揶揄われるより何倍も応えた。 『はい……ごめんなさい』  その頃、身長も男子のなかで低い方だった成行は痩せっぽちの大人しい子だった。一軍と呼ばれる成績優秀、スポーツ万能のグループから見れば、吹けば飛ぶような存在だ。  謝ったことで哀れに思ったか、それ以降いじめられることはなかったが、成行の心は深い傷を負った。  ――――あれから、僕は臆病になった。自分の気持ちは誰にも言えない。そう思ったんだ。  航留と別れてから研究棟に入り、一応作業を始めたのだが、どうにも身が入らなかった。仕方なく終わりにして、アパートへと戻る選択をする。自室に籠り、もらったノートに目を通すことにした。  自室にはPCを置いたテーブルもあるが、こういう時、成行はもっぱらベッドの上で過ごす。画像や動画も送ってもらっている。それらをまとめてベッドに持ち込んだ。日にちを確かめながら、画像を確認するが、どこか他人の日常をのぞき見しているような気持ちになった。  ――――記憶をなくした僕は、自分の気持ちに自由だった。  感動にも似た感情が沸き起こると、自然と昔の自分が思い出されてくる。誰にも言えず、苦しんでいた、あの頃のことを。  高校生になって、飛躍的に成行の身長は伸びた。加えて部活のサッカーを熱心に取り組むことで体つきもがっしりとし、どういうわけか女子にモテだした。 『佐納君のこと好きなんです。付き合ってください!』  可愛いと学校で有名な子だった。みんなが騒いでいたのも知っている。  ――――こんな子と付き合ったら、何か変わるだろうか。  正直、付き合いたい気持ちはなかった。けれど、こんなに可愛い子と付き合えば、自分の気持ちも変わるんじゃないか。何よりも、自分がおかしいと思われないですむかもしれない。そんな打算も浮かんだ。 『うん。いいよ……付き合おうか』  高校2年生から大学2年生まで。成行は何人かの女子と交際した。けれど、そのどれもいつの間にか終わっている。自然消滅の時もあったし、気が付いたら彼女が他の男性と付き合ってたこともあった。それでも何ももめることなく、成行は別れを受け入れてきた。
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