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第5章 (6)
『おまえ、可愛い顔して不実な奴だなあ』
成行が所謂モテ男に変身を遂げたのには、成長期と部活以外にも理由があった。
『なんだよ。渉に言われたくないよ。それに僕の場合は、ただフラれてるだけだし』
高校で出会った「西園寺渉」の存在だ。サッカー部に入ったのも彼が誘ったから。まだ身長が伸びる前、見知らぬ人ばかりの教室で成行は渉から声をかけられた。
成行は地元の同級生が出来るだけいない高校に通いたいと願い、有名私立高へ進学した。経済力がなければ通えないような学校だったが、成績が良ければ特待生になれる。死に物狂いで勉強した成行はなんとかその狭き門をくぐることが出来た。クラスは成績優秀者ばかりの特別クラスだ。渉は当然のようにそこにいた。
既に身長も高くイケメン。人目を引くこと間違いなしの美少年だった。おまけに有名企業の御曹司様。入学式に新入生代表になってたことから早くもエリートであることを証明していた。
『な、俺と一緒にサッカー部入らない?』
唐突な勧誘だった。彼の方は同系列の私立中学から上がってきてるから、知り合いは多いはずだ。それを、わざわざ知らない同級生に声をかけてきた。
『それはさ、成行がびしょ濡れの猫みたいに見えたからだよ』
これは後日、声をかけた理由を尋ねたときの渉の答えだ。渉は成行とは逆に、知った顔ばかりの教室にウンザリしてたそうだ。彼としては、全く見知らぬ高校に行きたかった(なので大学は東京を目指した)。
そこに、見たことのない顔が一人。しかも怯えたウサギのようにおろおろしてたのが気になった。
『俺が守ってやらないとってな』
『何言ってんだよ……だけど……ありがと。声かけてもらってよかったよ』
ここでは孤独でいい。そんなふうに思っていた。けれど渉に声をかけられ、友達が出来たことは素直に嬉しかった。
有名人の彼の友人になったことで、成行は自然と同級生から一目置かれるようになる。そうすると、それに相応しい人間になろうと努力するようになり、成長する。本来素直な成行だから、すべてがうまくいった。身長がぐっと伸びたのも出来すぎなくらいラッキーだった。
『俺の彼女とダブルデートしないか?』
時々渉からそう提案された。あまり乗り気ではなかったけれど、成行は応じた。ただ、当日のデートになると、渉は彼女を無視して成行とばかり一緒に居たがった。
なぜそんなことをするのか不思議に思ったが、ずいぶん経ってからそれがわかる。ダブルデートした数日後には、必ずその彼女と別れているのだ。体のいい、別れ話のきっかけを作っていた。
『不実なのは渉のほうだ』
『まあ、そうともいうかな。俺はさ、自分に正直だから』
――正直だから……――
屈託なく言う渉がうらやましかった。自分とは全く違う。
――――僕は、ずっと嘘を吐いてる。自分を誤魔化してる。僕は……。
成行はずっと、渉のことが好きだった。初めて声を掛けられた時から、一目ぼれしたのかもしれない。けれどそれを自分で知りながら、認めなかった。誰にも……特に渉には、絶対に知られてはならない思いだった。
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