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第6章 アンダーパス (1)
土曜日。成行はバイト先の駐車場にいた。既にシフトは終わり、Tシャツに半そでシャツを羽織るラフな格好で人を待っていた。
刑事たちとの約束時間が少し過ぎているのは理由がある。航留と越崎が、警察署に出向いているからだ。ついさっき航留からメッセージが来て、警察署を出たとあった。だからまもなくここに着くだろう。
『明日、越崎と一緒にそこに向かう。面倒なことになるといけないから、その前に警察署に寄るよ。君が一年間どうしていたか話すつもりだ』
誘拐の嫌疑がかけられたりしないか。記憶喪失の人間を警察にも届けなかったのに。成行は心配して言ったが、航留は笑って返した。
『そんなことは気にしなくていい。越崎を連れて行くのはそのためだ。それよりも、明日君だけを実況見分させるのは危険だ。俺たちはそう思ってる』
どういうことかわからなかったが、それでも成行はその提案に同意した。素直な気持ちで言えば、航留に会いたかった。
今日のことを、渉も当然知っている。だが、成行は航留に会ったこと、自分の空白の一年が思い出さないまでも判明したことを明かさなかった。それは航留との関係がわかってしまうのが嫌だったのもあったが、それだけじゃない。
『成行、おまえ明日実況見分だろ?』
『うん……面倒だけど仕方ないや』
『まあなあ。なんか思い出したら、俺にも教えてくれよ』
『当たり前だよ。いの一番に連絡するよ』
どこか、違和感を覚える。いつもなら、航留のように『俺も行くよ』と言ってくれそうなのに。そんな甘えた料簡があったわけではないが、自分の不在をあんなに心配してくれてたのに。
――――でも、渉は医者じゃない。記憶を失ったり戻ったりすることが、どれほどしんどいことか全くわからないんだ。僕だって、経験しなくてはわからなかったんだから。
そう納得させた。土曜日、渉はデートだと言っていた。
『一緒に行ってやれなくて悪いな』
ぽつんと口にした言葉。渉がデートを優先させることに成行は驚いた。けれど、成行が知らない一年があったんだ。渉が本当に大切な人と出会っていてもなにもおかしいことはない。もう一人の自分のように。
違和感はやがて航留の面影に変わっていく。航留のこと、渉に話さないわけにはいかないとわかっている。けど、どう説明したらいいのか迷う。明らかに、成行の気持ちのなかで、何かの変化が起こっていた。
成行が待つ駐車場に、2台の車が連なって入って来た。1台は鮫島刑事が乗る警察車両(覆面パトカー)、そしてもう1台は、航留と越崎が乗る欧州車だった。
運転席にいたのは成行の知らない人物だったので、彼が越崎で、車は彼の所有物なのだろうと思う。
「お待たせしてすみません」
覆面パトカーには3人の男性が乗車していた。運転手は鮫島と一緒に来た真壁巡査部長。助手席にいた鮫島はご丁寧に車から降りて成行に声をかけた。
「いえ、大丈夫です」
「えっと、真壁はご存じですよね。それと監察医の明石を連れてきました。もっとも、他にもお医者様がいますけど」
と、後ろのオシャレな車をちらりと見た。
「ご苦労様です。僕、あっちの車に乗っても大丈夫ですか」
正直、初対面に近いが警察車両よりは気持ちいい。それに越崎にも挨拶がしたかった。
「ええ、構いませんよ。峰さんとはもう、お会いになったんでしょ? まさか何か思い出したんじゃ」
「それはないです」
航留達は一応アポイントを取ってから警察に出向いている。それでも署内は大騒ぎだった。昼過ぎに到着してみっちり5時間、二人は警察から事情聴取を受けた。
警察に届け出なかったことを問題視され色々詮索されたが、『本人の意志を尊重した。そのうち記憶も戻るだろうと思った』を貫き通した。当然警察は殺人事件との関連も疑ったが、成行が目撃したかもしれない事件の日、二人は仕事中だったため簡単にシロ判定が下った。
彼らが成行と再会できたのは、『偶然、店の客が見かけた』のだとし、戸ノ倉の件は言及しなかった。それは成行が記憶を取り戻してからのことだと考えていたからだ。
「元気そうで良かった。野波く……あ、違うか。えっと、佐納君」
二人も車から出て、成行を待ち構えていた。ボーダーのサマーセーターとストレートパンツを粋に着こなす航留の隣で、黒シャツにグレーの細いタイを締めた男。銀縁眼鏡のつるをクイっと上げた。
「越崎先生ですか?」
成行は航留に目で合図をしてから、越崎に声をかけた。
「ああ。初めまして……だね」
「あ、はい。あの、色々お世話になったみたいで……本当にありがとうございました」
深々と頭を下げる。その背後で鮫島がドアを閉める音がした。
「先に行きますんで、ついてきてください」
と、急かせる声が追いかけてきた。
「了解です」
越崎が元気に返事をする。それを合図に三人は綺麗に磨かれた欧州車に乗り込んだ。
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