生贄騒動

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 昔々、大きな湖のほとりに大きな村がありました。  大きな湖には、竜神様が住んでいて、人々はお社を建ててお祀りました。  村人は作物の出来が悪かったり、病気が流行ったり、都合が悪いことが起こると、竜神様に捧げものをして、どうにか鎮めて下さいとお祈りをしました。そうして、どうにかこれまで村は続いてきたのでした。  さて村には、歳の近い仲の良い姉妹がおりました。  姉のハツは聡く、世話好きで、少しきつい物言いをする娘でした。  妹のフタはおっとりとして、華やかで、甘え上手な娘でした。  どちらも心根の優しい娘たちでしたが、ハツをうるさく思う者もおりました。  「おハツ、そんなに怒ってばかりじゃ、嫁の貰い手もねえぞ」 ハツがそう悪態を付かれると、フタは決まって姉の元へ寄って行って 「姉ちゃんはあたしが貰うんだ。あんたなんかどっかいっちゃえ」 と言ってあかんべをするのですが、その姿がどうにも可愛いもので、ハツは少し困ってしまうのでした。  ある日、姉妹の家に白羽の矢が立ちました。  竜神様が生贄を求めてきたのです。  このところ、村は平和でしたし、これまで竜神様から催促があったことはありませんでしたので、皆あたふたと慌てふためいて、姉妹の家に人が集まりました。  「で、どっちなんだい?」 姉妹の両親は口を重くします。 「おハツかい? おフタかい?」 皆息をのみます。  「おフタだ」  父親が小さくそういうと、皆いっせいに嘆いて、声を漏らします。 「おハツならよかったのに」 誰かがそう言ったのを、ハツは聞き逃しませんでした。  いよいよ明日がお別れという晩、フタの支度をハツが手伝います。  フタがあんまりぶるぶる震えているので、遅々として支度が進みません。 ハツは、哀れな気持ちが抑えきれなくなって、ついに 「姉ちゃんが代わってやる」 と言いました。  フタは、はらはらと涙を流して嗚咽交じりに言います。 「あたしは姉ちゃんみたいになりたかった。でも頭が出来ていないから、どうしたって姉ちゃんがうらやましかった。でも姉ちゃんはずっとずっとやさしい大好きな姉ちゃんだ」 首をなんども振って、絞り出した声で 「だがら、あだしがいぐ」 そう言ってフタは、泣き崩れてしまいました。  ハツは、フタの背を撫ぜてやりながら、気が落ち着くからと酒を飲ませてやりました。飲ませて飲ませて、フタが眠ってしまうと部屋の隅に寝かせて、すっかり衣装を取り換えてしまいました。そして自分も酒を飲むと、うつむいて顔を隠して表に出ました。  村人の泣き声も謝罪も憐れみも感謝も、皆フタへおくられたものです。フタを惜しむ声で、どれだけフタが愛されていたのかわかります。  もし自分はハツだと明かしたら、皆泣いてくれるのだろうか。それとも喜ぶのだろうか。ハツは、地面を見つめたまま小舟まで歩きました。  じき朝日が昇ります。  ハツの乗る小舟は湖の真ん中で止まり、綱を切られるとぽつんとして、村へ帰る舟を見送りました。  村人の舟がすっかり見えなくなると、静かだった湖面がさざ波だって、ぶくぶくと水が盛り上がり、竜神様が水の底から現れました。  「生贄よ、よく来たな。顔を見せよ」  ハツは心臓をバクバクさせながらこう言ってみました。 「恐れ多くて顔をあげられません。お許しください」  すると竜神様は、くくっと笑いながら 「少し息を止めていなさい」 と言ってパッとハツを咥えて湖に潜ってしまいました。  深く深く潜った先で、ハツは水から抜ける感覚がすると、ぷうっと息をしました。そこは海底洞窟でしょうか、ちゃんと空気がありました。  「なんで来た? ハツ」 ハツは、膝をついて懇願しました。 「あたしの勝手でいたしました。村の者は何も知りません。どうか、どうか、罰はあたしだけにとどめて、村をお救い下さい」。  竜神様は、 「許す。が、なんで身代わりになった? フタが疎ましかったろう? 」 ハツは、 「あれは、あたしの妹です。愛しくないはずはありません。嫉妬をするのは、あたしが未熟なのでしょう。」 と頭を下げたまま言いました。 「村人はどうだ? おまえの親切を理解できない間抜けだぞ? 憎かろう?」 竜神様はそう言った後、良い思い付きをしたと唸って、 「大雨を起こして村を流してしまおうか? 要りもしない物を延々贈ってくる煩わしい奴らだ。ああ、お前の両親と妹は助けてやろう。」  どうだ? と得意そうに言う竜神様に、ハツは答えました。 「それでは、あたしのことをお気に召さなかった竜神様が怒ったというかたちになるので、困ります。あたしにも見栄はあるようです。」 「では、今年は大豊作にしよう」 竜神様は心底可笑しそうに笑いました。  「私はお前が気に入ったのだ。何かしてやりたい。」 竜神様が慈愛に満ちた声でいいますと、ハツは願いを口にしました。 「では、学問を教えてください。人間を知るための学問です。あたしは、おせっかいです。性分ですので直りません。自分がしたくて手を出していますが、恨まれるのは辛いです。」 竜神様は満足そうに頷きました。 「では、良い師を与えよう」  翌朝ハツは、見たこともないきれいな着物を身にまとい、たくさんの宝物を小舟に積んで湖畔の村へ帰ってきました。  小舟のへさきには「大満足」という旗が立てられ、ハタハタと風を受けています。  その年、約束通り大豊作となりました。  ハツは、「竜神様を大満足させて帰ってきた」と、大変な評判になりました。    そんな評判をよそに、ハツは妹に学び、フタは姉に学んで、二人は仲睦まじく暮らしました。
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