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かたちのある世界
無味無臭。灰色でモノクロの世界。
それが俺のその時の世界だった。
学校では勉強。家でも勉強。
親は悪い親ではないが子供との接し方が不器用な人達だと後でわかった。
俺が暗い表情で家を出る時もどこかぎこちない挨拶をし、帰っても今日あったことを淡々と話す夫婦。似た物同士なのかもしれない。
俺はその淡々とした世界がすべてだった。
子供らしくない子供だったと思う。
その世界に慣れすぎてもぐみたいなズケズケ自分の世界に割り込んでくるヤツが苦手だった。
1ミリの狂いもない整頓されたパズルのピースに絵の具をぶちまけられたみたいな感じだ。
自分の世界を乱されるのは苦痛だ。
そう、最初は苦痛だった。
俺は衣替えした生徒が行き交う図書館でいつもの3人で絵を描いていた。
描いていた、といっても俺は主に絵が上手い雨禽乃の絵をひたすら真似しているだけだが。
それでも何日も真似していると上達するものでだんだん描けるようになってきた。
、雨禽乃にどうして何もない空間に突然描けるのか?とある時聞いたらしばし天井の模様を虫を追いかけるように眺めた後「よく見てるせいかな?色んなものの形を見てるのが好きなんだ。綺麗なものとか、ガラス細工とか、自然の植物とか、動物とか。」と、言っていた。
母親によく山や自然に連れて行かれる機会が多かったらしい。
「アキノの真似ばっかぢゃん、」
と、横からモグの不躾な発言が飛んでくるが、
俺は真似することは勉強と同じだと思っているので無視してひたすら画家先生の真似を繰り返した。
そうしていると、不思議と普段見ているものの形や色に注目するようになってきて、学校帰りの道端の植物の葉の形や雨の雫、雲の形などその一つ一つが異なる個性を持っていてまるで人間でもないのに意思があるように感じられてくるのだ。不思議だ。これが雨禽乃の見ている世界なのかもしれない。本と知識を詰め込むことに夢中だった自分にとっては新たな気づきだった。
そうしているうちになんだかよくわからないがモノクロでつまらないと感じていた「無い」世界からカラフルで面白い個性にあふれた「有る」世界へと気づかないうちに変わっていたらしい。相変わらずクラスではしゃべらない空気のような存在としているのだが、クラスメイトの顔や声や性格までもが面白い個性ある存在として俺の興味の対象になっていった。
「ヒカリ君どんどん上手くなるよね、すごいね、」
そんなとってつけたようなぎこちない雨禽乃の褒め言葉にさえ楽しく感じるようになった。
その半年は俺の世界を静かに変えていった。
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