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3人
僕はソファに寝転がっている。
居間の網戸から夏に向かう季節のぬるい夜風が吹き込んでくる。
一人称僕、といっているが一応自分は女子である。
ぼんやりと白い居間の天井を見つめながら若干絶望的な気分に浸っていた。
なぜならとても気分が悪いからだ。
働き始めてから大人になったと思っていたが、こういう体調不良だとか孤独とか新しい失敗をして落ち込むだとか、いつでも小さい子供みたいに涙ぐんでなげやりになって泣き喚きたい気分、てのはどこまでも人間に付き物らしい。
「もぐちゃん…はやく帰ってきてくれよ…。」
雨禽乃(あきの)こと、アキはままならない体を抱えて落ち込んでいた。
「ただいまー。」
玄関のドアを開ける軽快な音とともにドタバタと居間に入ってくる足音。
青年は抱えたビニル袋の食材を目の前のテーブルにドサ、と置いてソファに置かれた巨大なぬいぐるみのようなアキの顔を覗き込んだ。
「大丈夫?」
大して心配していないような表情でかけた言葉にアキがうう…と弱々しく返事をするのでようやく彼は眉を顰めた。
「気分悪いの?」
「めちゃ悪いよ…もぐちゃんが買い物に行ってる間に死ぬかと思ったよ。」
「死ななくてよかったよ。」
もぐちゃん、こと具太郎(くたろう)はソファと一体化したぬいぐるみの額を心配そうに撫でる。
「2階で寝なよ。」
「2階で寝たら寂しいでしょ。」
「………。」
ふぅ…と心配ともため息ともとれる息を漏らしてもぐは頭を撫で続けている。
とりあえず先に食材を冷蔵庫に入れてくれ、とアキは心で思いながらもぐが帰ってきた安心感をただ、感じる方に意識を集中させた。
人生は不思議なものだ。
いざ、自分で決めたと思って前に進んだのに不安はどんどんやってくるし、新しい宿題がどんどん与えられる。そしてそれを乗り越えなければいけない、いや、正しくは自分で自分に与えた課題を自分で解いているような感じだ。
だって、新しいことにチャレンジしないとつまらないだろう?
でももういやだ、チャレンジなんてしなければよかった、と今のように絶望感にひたることが多い気がするな。
と、自分を保つために自分の状態を客観的に見ながらもぐの撫でる手を軽く避けた。
「大丈夫、他のことしていいよ。ありがと。」
「うん…。」
もぐは心配そうな顔をしながらも食材を冷蔵庫に入れる作業に取り掛かった。
その直後にまた玄関のドアが開いてゆっくりと誰かが入ってくる。
居間のドアを開けたところに立っているのはまた別な青年だ。メガネスーツ姿の彼は2割ほどの疲れた雰囲気を無表情の中にひそませている。
「ただいま。」
「おかえりー。」
キッチンの方から軽快なもぐの声が帰ってきて彼は一瞬そちらを見つつ、ソファの置物の前にしゃがんだ。
「アキ、大丈夫?」
「大丈夫に見えるのかい?君は」
「聞かないとわからないから」
げっそりした顔を覗きながら相変わらず何の表情もない彼はもぐと同じように少しの間頭を撫でて自室に着替える為に行ってしまった。
「アキー、ご飯何かたべれそう?」
「…………。」
「サムゲタン 作るから食べれる時食べて」
「…………。」
暫くして2階からメガネの彼は普段着に着替えて降りてきた。
「ヒカリはサムゲタン でオーケー?」
「うん。」
キッチンでヒカリともぐがぼそぼそと話しながら作業している音をアキは虚に聞いていた。
家に見知った人が増えて徐々に安心して眠くなっくる。
…ああ、人がいるってこんなにありがたいものなんだな。
ふと孤独を感じる瞬間にそう、感じる。
いや、比べるものではないが他の核家族などに比べたらかなり良いほうなのだろう。なんだって、うちは3人なのだ。
「うう…。」
不自由な体を抱えてアキは居間のイーゼルに置かれた自分が描いた絵をぼんやり眺めた。
まさか絵描きで出会った3人がここまで長い間続くとは…
それは夏前のとある一日だった。
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