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百舌
孔明が父・玄徳の実子ではないことを、鸞は大学受験用の戸籍謄本を取り寄せた時に初めて知った。
孔明は、生まれてすぐに両親を交通事故で亡くしていた。その実父が玄徳の無二の親友であり、天涯孤独となった孔明を迷わず養子に迎えたのであった。
これまで、兄に対してこんな感情を持ってはいけない、気の迷い、憧れが少し強いだけ……と無理やり封じていたものが、血の繋がりがないことを知って一気に溢れ出そうとしていた。
兄の側にいたい、兄の背中に頬を寄せたい、兄と手を繋ぎたい……初恋をする女子高生のように、鸞は顔を赤らめて下を向きながら、孔明の肘に触れた。
「桜はいいな。無条件に幸せな気持ちにさせてくれる」
「うん……」
「どうした、おかしな奴だな」
「いいの。おかしいもん、僕」
鸞が立ち止まると、孔明が不思議そうに振り向いた。
「おまえ、変だぞ」
「いいの。変だもん、僕」
「何だそりゃ」
そうこうするうちに、リヤドロの陶器人形とさえ言われる可憐な顔が曇り、その涙袋もぷっくらとした大きな瞳にこんもりと涙が浮かんだ。
「お、おい」
「……やっぱり無理。いやダメ……兄上、僕ね、僕……」
鸞はもじもじとハーフコートの裾を握りしめて一気に言った。
「兄上が好き」
孔明の顔から笑顔が消えた。
鸞はやはり言わなければ良かったのだと後悔し、ボロボロと涙を流し始めてしまった。
通り過ぎる人から見たら、完全に彼女を泣かせた唐変木の図、である。
孔明が、少し悲し気に目尻を下げ、鸞の頰にそっと手を添えた。
「……鸞、ありがとう。私も、何事にも一生懸命で、決して弱音を吐かない鸞が好きだよ」
いや違う、そうじゃない、そうじゃない方の好きなの! と心でいくら叫んでも、言葉にはならなかった。
「あのね、兄上、あのね……」
「お、あちらの桜はよく咲いているようだな」
わざと話柄を逸らすように遠くの桜を指差す孔明の背中には、鸞にそれ以上の言葉を紡がせない『拒絶』があった。
実は、孔明は鸞のその、そうじゃない方の好き、に随分前から気付いていたのだった。
それだけではない。
鸞が突然武術の稽古に熱を入れ始めたのも、法学部で猛勉強をし始めたのも、警察官を目指し始めたからだと知っていた。
実子である鸞が父の後を継ぐならば、いっそ今、身を引こう……。
ここのところ艶めきが増して、孔明への想いを隠そうとしない鸞に、何度手を伸ばそうとしたかしれない。桜色の頬に触れて、桜色の唇を奪いたい、抱きしめてあの細い首筋に噛み跡を残してしまいたい……物分かりの良い兄貴の仮面には、もう深い亀裂が生じている。
これ以上側にいたら、確実に鸞の気持ちに応えてしまう、ブレーキをかけることを放棄してしまう、何かの拍子に、きっと全てを壊してしまう。
そうなれば、大恩ある桔梗原の父母に背いてしまう。
渦巻く花弁のように千々に乱れ、狼狽える心の内を必死で隠すように、孔明は髪をかきあげて鸞から目を逸らした。
「ちょっと、本屋に行ってくるよ」
「本屋って、何も今じゃなくても……」
そのまま、孔明は鸞の元には帰らなかった。
桜が風に煽られて、全ての花弁が散り去ってしまっても、兄は帰ってこなかった。
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