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帰郷
重厚な門扉の向こうに、ミリタリーバックを担いだ大きな男が、笑って立っていた。
「久しいな、制服が良く似合っている。やはり凄いなおまえは、ちゃんと叶えたのだな」
その瞬間、桜が桜色に蘇った。
緑は緑色に、空は空色に。西洋館に色彩が蘇った。そして風が吹いた。
声にならなかった。
鸞はもう、バックを放り投げて駆け出し、門扉にしがみついた。
「あ……ああ! 」
無精髭に包まれた端正な顔は日焼けしていて、かつての文学青年のようだった静謐さは消え失せていた。
しかし、あの甘く響く声も、鸞を見つめる優しい眼差しも、孔明のものに間違いなかった。
あれ程探し求め、フランスに留学してまでも会いたくて会えなかった兄……夢でしか会えなかった兄が、可憐な桜色に蘇った花弁を肩に受けて、鸞の目の前に確かに立っている。
「ああ……本当に、本当に、兄上だ」
男の貌をして帰ってきた兄・孔明に、鸞はもどかしげに門扉を開いてその胸に飛び込んだのであった。
「兄上! 」
「鸞……恥ずかしながら、帰ってきた」
「もう、どこまで本を買いに行ってたの」
「ちょっとフランスまで」
「バカ……」
孔明は、一回り太くなったその両腕で、相変わらず華奢なままの鸞を力一杯抱きしめたのであった。
その後、鸞はキャリア組の警察官として奉職するが、警視庁副総監となっていた父・玄徳の名前が邪魔をし、思わぬ辛苦を味わうこととなる。
私立高校の古典教師として稼働し始めた孔明は、キッチンで家族の夕飯を作りながらじっと声を殺して泣く鸞の後ろ姿を何度となく見ていた。
兄への恋情を押し殺すように仕事に没頭する鸞は、やがて孔明の大学時代の先輩にあたる霧生久紀の下に異動した。
鸞の特性を理解する久紀の下で、鸞は箍が外れたように活躍し始めると同時に、自分の能力を試すように危険な現場に飛び込むようになった。
ある潜入捜査で初めて身の危険に晒された鸞を迎えに行った時、孔明は見守る側の不安を激しくぶつけてしまったのであった。
「お前を失ったら、私は生きてはいけないのだ……わかっているのか! 」
自分の思いに中々応えようとせぬ孔明に苛立つように、鸞は挑発的に無茶を重ね、その艶の増した容姿で闇社会の危険を引き寄せていた。
「だったら何、所詮弟じゃん。男に触れられながら、この手が兄上の手だったらって……僕はずっと、そういう淫らな目で兄上を見てたんだ」
潜入捜査で男に触れられたと煽る鸞の誘うような婀娜な姿態を、拒む理性は最早、この時の孔明は持ち合わせていなかったのだ。
「お前に触れていいのは、私だけだ! 」
穏やかで思慮深い孔明が、嫉妬と怒りを爆発させるようにして鸞を押し倒した。
「鸞……お前が欲しい、一度だけでいい。お前の将来に迷惑はかけない、思いを遂げたら、私は消える……」
呻くように鸞の首筋に食らいつく孔明の頭をかき抱き、鸞は喘いだ。
「ここまで待って、一度きりで手放したりするもんか……全部、嘘、嘘だよ……僕は、兄上だけのものだから……」
不謹慎だとわかっていたが、身悶えして嫉妬に狂う兄の愛撫が嬉しくて、鸞はこのまま死んでもいいとさえ思いながら、26年間守り続けてきた純潔をその時、兄に捧げたのであった……。
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