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わからない
「俺は絶対葵を離せないし、離さない。他の男のものになるなんて許さない。たとえ葵が俺のことを好きじゃなかったとしても、それでいい。俺はこの半年間本当に幸せだったんだ。幸せだったんだよ!」
はあ、はあ、と息を切らしながら叫ぶようにそう告げた俊の顔はよく見ることができない。
だが彼の顔が触れた私の肩口が湿り気を帯びたことから、涙を流しているのは確かだろう。
「たくさん葵のこと傷つけてきた俺のことが許せないのはわかってる。そうそう簡単に葵の心の傷が消えることがないのもわかってる。だけど……俺にその償いをさせてもらえないか……」
「俊、でも……」
「好きだよ葵。高校三年生の頃からずっと。散々嫌な思いさせたけど、これだけは信じてほしい。何言っても信じられないかもしれないけど、俺はこの八年間、葵以外の女とやましい関係になったことは一度もない。俺の初めても何もかもが葵のものだから」
「……スーツに香水の匂い、ついてたけどね」
「あれは、営業の時の上司に連れられて断れなかったんだ……でもやましいことは誓ってないんだ、信じてほしい……」
わかってる。
仕事の付き合いで仕方がなかったことくらい。
ビリビリに破いたレシートがその事実を物語っていたし、現に部署が異動になってからというもの俊の飲み会は一気にその数を減らした。
だけどあの時の私は限界だったのだ。
我慢して抱えていたものが爆発してしまったタイミングがあの時だったのだと思う。
「なあ、葵……もう一度やり直したい。ゼロどころかマイナスのスタートだってことはわかってる。それでもお前がいなくなるよりも何倍もマシだから……」
「わからない」
「……え?」
「わからないの!」
再び私の中で何かが弾け飛んだ。
「将来なんてどうなってるかわからないし、約束なんて無意味だったじゃん。俊だって今はこうして焦って私のこと引き止めようとしてるけど、またヨリ戻したらそのうち前みたいになるかもしれない。もう傷つくのは嫌なの、不安になりたくないの!」
「葵……」
「なんで帰ってきてくれなかったの!? なんで誕生日の日……私待ってたのに……ずっとずっと待ってたのに!」
俊に別れ話をした時ですら流すことのなかった涙が、今になって溢れ出る。
「おめでとうって、俊に言ってもらいたかっただけなのに! なんでっ……なんで!」
一度溢れ出した感情と涙を止めることはできない。
わあぁっと大声をあげて泣く私を俊はただただ抱き締めながら、落ち着かせるように頭を撫でていた。
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