忘れられるわけがない

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忘れられるわけがない

「ごめんな、葵……お前のこと放ったらかしにして、たくさんひどいことして、たくさん傷つけた」 「別にもういいから。もう忘れて」 「忘れられるわけないだろ!」  その言葉と共に私は俊に抱きしめられる。  息もできないほどの強さに息苦しさを感じた私は、彼の胸元を必死に押し返そうとするがびくともしない。 「ねえほんとやめて? こういうことしないって、約束でしょ」 「お前が出て行こうとするからっ……」 「私もう俊のこと、前みたいに好きじゃない」  はっと俊の息が止まるのを感じた。  それと同時に時間までもが止まったように私たちの間に静寂が訪れる。 「嘘だろ……なぁ、嘘って言えよ」 「嘘じゃない。ちょっと前からそう思ってた。愛されない、先の見えない関係が辛くなったの」 「俺は、お前と結婚する。愛してるんだよ」 「私はもう結婚したくない。私の中でその時期はとっくに過ぎちゃったんだよね。今更俊と結婚したいとか、全く思わない」  一度ずれた歯車が元通りになることはないのだ。  俊はこの世の終わりのような顔で呆然と佇む。  いつのまにか掴まれていた手首も体も解放されて、私は自由の身となった。 「私行くね。じゃあ、元気で」  最後になんて言葉をかけたらいいかわからずに当たり障りのない言葉をかけると、私は再びリビングのドアから廊下へ向けて歩き出した。 「俺、仕事変えたんだよ……」  だが俊はそんな私の足を再び引き止める。 「そう。別に私には関係ないから」 「葵がいなくなって気付いた。営業してた時の俺がいかに最低な男だったか。遅くなる連絡も無しに葵のこと夜遅くまで待たせて、手料理も何度も無駄にして……」 「もう、いいよ」 「仕事の付き合いだからって当たり前のように女の香水の匂いがついたスーツで帰っても、葵は何も言わなかった。休みの日も、俺はちっとも葵のことなんて構ってやらなかった。最低な彼氏だよな」 「もう、やめてっ……」  思い出したくなかった辛い記憶が蘇る。
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