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もう、終わりにしよう?
「明日さ、葵の誕生日だろ? お互い仕事休みだし、どこかで外食しないか?」
仕事終わりの金曜日、夕食を食べ終えて一息ついた頃唐突に俊が切り出した。
付き合い始めてから八回目の誕生日。
私は二十七歳になる。
七回目の誕生日は、今思い出しても最悪な思い出となってしまった。
次の誕生日を俊と迎えることは恐らくないだろうと思っていたというのに、人生とは何が起こるかわからないものである。
「誕生日覚えてたんだ。びっくり」
「覚えてるよ、そりゃ……何年付き合ってきたと思ってんだよ」
「去年は全くそんな素振り見せなかったからさ」
「……ごめん。今さら何言っても言い訳にしかならないけど、仕事で色々あって追い込まれてた……」
「もう私も二十七でお祝いって年齢でもないし。いつも通り、家で食べようよ」
私がそう告げると、俊はあからさまに落ち込んだ表情で俯いた。
「葵はさ……俺のこと嫌い?」
「嫌いじゃないよ。俊は私にとって大切な人だから。俊に支えてもらったおかげで大学生活も、慣れない社会人生活も頑張れた。でも……もう前みたいな気持ちには戻れないの」
「この先、俺のことをまた好きになってもらえる可能性はあるのか?」
また難しい質問をぶつけてきたものだ。
将来のことなど誰にもわからない。
下手に俊に期待を持たせてしまう回答もしたくなかった。
——今がそのときなのかもしれない。
私は俊に、かねてより思っていたことを伝えることにした。
◇
「ねえ、俊」
すると俊はまるで私が言おうとしていることに気付いたかのように、ビクッとその体を震わせた。
「俊は、辛くないの? こんなに毎日私のご機嫌取りみたいなことして、それなのに私は素っ気ない態度で。報われないじゃん」
「俺は、お前がいなくなることの方が辛いから。葵が隣にいてくれるならなんだってする」
「もう少し視野を広げた方がいいと思う。自分が苦しむだけだよ。私以外にも女の人なんてたくさんいるんだし、俊ならすぐに見つかると思うよ」
「なんでそんなこと言うんだよ……」
俊は消えてしまいそうなほど微かな声でそう呟くと、手で顔を覆いながら背を向けた。
恐らく泣いているのかもしれない。
「私もあのときはっきり俊のこと拒否するべきだった。一緒には暮らせないって、はっきり断らなかった私も悪いと思ってる。ごめんなさい」
「……」
俊からの返答はない。
代わりに聞こえてくるのは、いつかと同じ嗚咽だけ。
「もう、終わりにしよう?」
静まり返ったリビングではポツリと呟いた私の声さえ大きく聞こえる。
「嫌だ」
「俊」
「嫌だ、嫌だ、嫌だ!」
すると俊は突然私を引き寄せ、強く抱きしめた。
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