あなたが初めて愛した人は今も隣にいます(葵sideラスト)

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あなたが初めて愛した人は今も隣にいます(葵sideラスト)

「お母さーん! お父さんも待ってるから早くしてよ」 「ごめんごめん、支度が終わらなくて」  とある日曜日の午後、一向に二階から降りてこない私に痺れを切らして娘の澪が迎えに来た。 「あれ、その指輪初めて見た。お母さんの趣味とは少し違くない?」  澪は鏡の前に座って身支度を整えていた私の右手の薬指に視線を落とし、少し目を見開いてそう尋ねる。  私は澪に続いて指輪に視線を向けると、そっと微笑みながら指輪を撫でた。 「お父さんが、昔くれたの」 「お父さんが?」 「そう、まだお母さんたちが結婚する前にね」 「へえ。お父さんもなかなかやるね」  あの日開けることはなかったブランドの紙袋の中に入っていた指輪は、今私の手元で輝いている。 「何か俺の話したか?」 「あ、お父さん。お母さんの支度まだかかりそう」 「じゃあ澪は先下降りてろ。お父さんたちもすぐ行くから」  澪は言われた通りに部屋を出て階段を降りて行った。  代わりに私の部屋へと入ってきたのは背の高い男性だ。 「俊……」 「俺の話、してたの?」 「聞こえてたの?」 「ところどころだけ」 「あなたが昔くれた指輪の話をしていたの」  私の目の前には、あの時から少し年齢を重ねた愛しい人の姿が。  俊は私の手元を見ると、ニッコリと笑って私を後ろから抱きしめた。 「最近やっと着けてくれるようになったな」 「だって、なくしたりしたら嫌だから」 「そうしたらまた新しいのを買ってやるって言ってるのに」 「だめ、これがいいの」  俊はその言葉に嬉しそうな表情を浮かべた後、私の耳元に唇を近づけてこう囁いた。 「葵、愛してる」 「私も愛してる。俊」  そんな私たちの後ろでは、十八歳の二人が今も変わらず写真立ての中で笑い合っている。  あのとき苦しんでいた二十代の私にこう伝えてあげたい。  あなたが初めて愛した人は、今もあなたの隣にいますと。
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