彼女に甘えていた(俊side)

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彼女に甘えていた(俊side)

「俊、最近忙しそうだよね。体壊してない? 大丈夫? 俊が心配」  もちろん葵にはかなり心配をかけたと思っている。  だが当時の俺はそんな葵に苛立ちを覚えていた。 ——お気楽だな。どうせ他人事だと思ってんだろ。  何と歪んだ性格なのかと今ならば思えるが、あの時の俺は感情が壊れていたように感じる。  葵の前では明るい自分を演じなければならないと思うと自然に家への足取りは重くなり、どんどん家から遠ざかってしまったのだ。  そんなとき、俺は葵にとあることを尋ねられる。 「ねえ、結婚とか考えてる?」 「いや、今の生活に満足してるし忙しい時期だから、まだ別にいいかなと思ってる」  俺は突然の動揺を葵に悟られたくなくて、スマホをいじりながら目線を一切上げることなく淡々とこう告げた。 「そっか」 「何? 結婚したいの?」 「……長く付き合ってるし、どうかなと思っただけだよ」 「まだ早くね? 俺ら二十五だぜ? 今どき三十過ぎとかで全然問題無いだろ」 「そう……そうだよね」  葵の表情はよくわからなかったが、その声色からは少し落ち込んでいるように見えた。  結婚のことを意識したことがないわけではない。  結婚するならもちろん葵とがよかったし、彼女以外は考えられない。  だが今仕事でこれほど追い込まれている状況の俺が、家庭を持つことなどできるのだろうか?  葵と将来生まれてくるであろう子どもに責任も持たなければならないのだと考えると、今すぐ結婚に踏み切る気は起きなかった。  彼女とはもう八年間も付き合っていて、いずれ結婚することは確実だろう。  何も今しなくても、周りが結婚ラッシュを迎える頃に結婚すればいい。  どうせ今だって同じ屋根の下で暮らしているし、結婚しているようなものだろう。  あの時の俺は本気でそう思っていたのだ。  その頃からだろうか。  葵の様子が少しおかしくなり始めたのは。  あれほどいつも笑っていた彼女が、ほとんど笑わなくなったのだ。  貼り付けたような笑顔を見せることはあっても、俺が大好きだったあの時のような心からの笑顔は全くみられない。  どこか俺に対して一線を引いたような、距離を開けたようなそんな態度をとるようになった葵に俺はますます苛ついた。  加えて仕事はますます忙しくなるばかり。  俺たちの間に生まれた溝は埋めることができないほど深くなってしまっていたらしい。  そしてやってきた運命のあの日。
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