取り返しのつかないところまで(俊side)

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取り返しのつかないところまで(俊side)

 彼女が出かけてから数時間後、恐れていたことが起きる。  葵から突然メールで告げられた言葉を見た俺は、頭が真っ白になった。  メールの文面には、俺らの関係を終わらせる文字が並んでいた。  ——嘘だろ!?  意味がわからず必死に葵に連絡を取ろうとするが、全く繋がらない。  スマホが壊れるのではないかというほどに何度も連絡を送り通知を確認している姿は、何とも無様だった。  同棲していた部屋を見渡してみても、彼女が出て行く前と何一つ変わりはない。  ほとんど身一つで出て行ったということなのか。 「葵、嘘って言えよ……」  結局一睡もできぬまま、俺は葵に一方的に連絡を取り続けたのだ。 ◇  次の日になっても葵からの連絡は全く無かったし、もちろん彼女が帰ってくることはなかった。  恐らく連絡先も削除されてしまっているのかもしれない。  ——気がおかしくなりそうだ。  部屋中どこを見渡しても葵との思い出が蘇る。 「ねえ、今度ソファ買いに行かない?」 「今あるやつでよくね? どうせ二人だし」 「あれだと小さくて二人で一緒に座れないじゃん」 「二人で座りたいの?」 「座りたいけど……変な意味でとらないで!」 「ははっほんと葵可愛い。いいよ、買いに行こう」  葵の希望で買いに行ったベージュのソファは、今の俺には大きすぎて落ち着かない。  思えば最後に並んで座ったのはいつだろうか。  ダイニングテーブルも家電も何もかも全てが葵と繋がっていて、それらを見るたびに俺はうまく息を吸うことができなくなった。  どれほど息を吸っても胸が苦しい。  そんなとき、ふと思い出したのだ。  以前葵が欲しいと言っていた指輪の存在を。  あの時の社会人一年目の俺には到底手を出すことのできなかったそれを、今では難なく手に入れることができるようになった。  だがその代わりに何よりも大切な存在を失ってしまったようだ。  こんなことになるなら、早く葵にプロポーズしておけばよかった。  俺が結婚したかったのは、彼女しかいないのに。  この期に及んでそんな自分勝手なことを考えているうちに、気付けば俺の手元にはその指輪があった。  葵は荷物を取りにアパートへ戻ってくると言っていた。  きっと俺が仕事でいないときに来るのだろう。  少しでも葵に思いとどまって欲しくて、俺はその指輪をガラステーブルの上に置いておいたのだ。  彼女への気持ちを伝えるメモを添えて。  数日後、アパートには葵が来た痕跡が残されていたが、俺は愕然とした。  いくばくか物が減ったリビング。  そしてガラステーブルの上には置かれたままの紙袋と俺が書いたメモが。  葵は受け取らなかったのだ。  それは彼女なりの拒絶であると、さすがの馬鹿な俺にもわかった。  取り返しのつかないところまで来てしまったのだと、ようやく悟ったのだ。
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