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思い返すうち、日付が変わっていた。
四月一日、エイプリルフール、芥子川陣の誕生日だ。祝いの言葉は当然いらないし誰からも来ない。産まれてきたのは芥子川自身の手柄ではない。
ただケーキは食べようと用意していた。あれは美味いのだ。
コンビニの夜勤が入っていた。近所のコンビニは人手が足りない。つぎの勤務は四月一日の二十二時から翌朝六時までで、エイプリルフールを遂行するためには二十二時からの二時間のあいだにともに夜勤に入る新人の大学生に嘘をつかねばならなかった。最近入ったらしい新人とシフトが被るのはこれが最初だった。
嘘はよくないと思ってきた。しかし、エイプリルフールに嘘をつかないのはそのほうがバカなのではないかと思う。このイベントを謳歌したいのだ。
どんな嘘をつけばいいのか、思索に耽る。人生初の嘘である。せっかくだから驚天動地、前代未聞の嘘史に残る華々しい嘘をついてしかるべきだ。
自分は総理大臣の孫だとか、実はさる歴史上の人物の子孫なのだとか考えたが、一聴して嘘とわからぬ。これでは良くない。驚きがないわけではないだろうが自分が凄いとは思われないだろう。
自分は相手の心が読める。――バカげている。
自分は宇宙人だ。――これまたバカげている。
嘘とはかくも難しいものなのかとひとり頭を抱える。
気づけば芥子川は眠りに就いていた。
エイプリルフール終了の刻限は刻一刻と迫っている。午前中しか嘘をついてはならないという説はこの際無視するほかなかったので、彼のなかでは日付が変わるその瞬間までに嘘をつければよかった。
惰眠をむさぼりつづけ、気づけば正午を回っていた。まずい。
寝すぎてだるい身体を起こした。買い置きしていたうちのひとつのクラッカーは封が開いたまま放置してあった。
湿気ったそれを数枚、水道水で流し込む。コップには水垢が浮いている。袋に残ったぶんをたいらげて、もうひと袋もむさぼり食う。破片が服と言わずベッドと言わず散らかった。
焦燥が束になって押し寄せる。ささくれを前歯で噛んでいるとそのまま千切った。刺すような痛みとともに血が滲み出る。
慌てるな、まだ時間はある。神経質そうに貧乏ゆすりをしながら考えつづける。
芥子川の頭に気分転換の文字はない。バカ正直に問題とにらめっこを続ける。埃っぽい部屋のなか、何時間も考えても妙案は出ない。
腹の虫に言われるがままカップ麺をすすったのは午後四時のこと。
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