ツイてないリーマンの俺、ろくでもないおっさんを拾う

1/5
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
最近まじでツイてない。 ベンチの背もたれにぐっともたれると、ばきばきと枝でも踏みしめたかのような音がした。 「ああー」 思った以上に低い唸り声が出た。まあ何でもいいか、頭ががんがんするし、吐き気は催してるし、完全に二日酔いだし。 全身はもとより満身創痍だ。 もたれたまま目線を上に向けると、今の気分とは裏腹な青空と桜。煌めく水面が正面から自分を照らしてきて、アンマッチにも程がある。 ここいらでは桜並木で結構有名な公園で、庭園やボートを漕げる池もあり、その周辺は昼休みを利用してランニングにいそしむサラリーマンらしき人や、のんびり桜を見ながら散歩をする老夫婦、お弁当を膝に乗せてベンチで談笑してる若い女性たち…どいつもこいつも自分には関係ない。 この二日酔いの原因は、端的に言ってやけ酒だ。 あまりに忙しくてここのところ碌に連絡もしていなかったら、当然ではあるが彼女に愛想をつかされ、ぼんやり歩いてたら近所の犬に吠えられて、驚いて飛び退いたところにどこかの学生に自転車で轢かれ、人生初の救急車で搬送された病院では昔付き合っていた看護士に再会するも、あほ、とひとこと残して去られた。 全身打撲だけで済んだので、その翌日には仕事に復帰したが、何処かに集中力だの観察力だのを落としてきたらしい。仕事で大いにミスをした。関係先に謝り、上司には責められ、同僚には同情され、連日残業は続いた。これが飲まずにはいられるだろうか。空が白むまで飲んだ。 取り敢えず出社はしたものの、酒くさいから昼休憩終わるまで散歩にでも行ってこい、と先輩から慈悲あるお言葉をいただいて、ここに至る。 花見なんて気分でもない。 スマホを見やると、そろそろ休憩時間が終わる。職場に戻り始めるには、とっくに遅いが、どうしても戻りたくない。 「めんどくせーなー」 言葉にすると、本当に嫌になってくる。 取り敢えず先輩だけにでも連絡をとらなきゃ。そう思って、スマホを持ち替えたとき、ふと目に入ったおっさんがいた。 どうして気になったのかはわからない。何だかえらく憔悴しきった表情をしているからだろうか、動きがよたよたして危なっかしいからだろうか。 その時ーー おっさんが柵を乗り越えて、池のある側へ踏み入れる。 「ちょっ、なん…!」 体が痛むのも忘れて駆け出し、気づいたら自分も柵を乗り越え、おっさんに追いつき、腕をぐっとつかんでいた。 振り向いたおっさんは、びっくりしていた。 そりゃそうだよな、こんなことしたら普通はびっくりするわ。 何故そんな呑気な感想を抱いたのか、まったくわからない。と同時に、草に足をすべらせて、池に落ちたのは自分だった。 ばっしゃーん!という芸のない音が響いて、何処かからか見ていたのだろう、遠くから悲鳴が聞こえた。 池はそこまで深くはなかった。水深1メートルというところだろうか。池の水が口にも耳にも入って、気持ち悪い。春とはいえ、水は当然冷たい。よろつきながらようやく立ち上がった。 「あの…大丈夫ですか」 声のするほうをみると、岸のぎりぎりで踏みとどまったおっさんが、おそるおそる自分の方を見ていた。 まじで、本当に、ツイてない。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!