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仕事は相変わらず目が回るように忙しかったし、気温は上がったり下がったり、雨が降ったり風が強かったり。一週間がたつ頃には、桜は散り始めていた。
土曜の夜、急遽休日出勤になった仕事帰りにコンビニに寄って、缶ビール2本と焼き鳥と味の濃そうな惣菜を買って、例の公園の、例のベンチに腰掛けていた。花びらが風に乗ってふわっと舞い落ちる。ライトアップというよりは、近くに青白く光る街灯があるだけだが、それはそれでいいもんだった。
「いやー、まさか亮也くんからお誘いのLINEがくるとはね?」
「どーせ暇だろ」
俺はおっさんに缶ビールを差し出す。ようやく駆けつけてきてあげたのに、なんて言いながら、おっさんはプルタブを音を鳴らして開けた。見合わせると、ふたりでぐっと缶を持ち上げ、同時に飲んだ。
「夜桜で乾杯するなんて、なかなかだね」
満足げに喉をならして、いかにもおっさんだ。
「結局さ、連絡はとれたんだけど、彼女とは会えてないんだ」
前置きとかめんどくさくて、ただ聞いてほしくて、いきなり俺は話し始めた。
予定も時間も合わず、天気にも祟られ、ようやく今日会えるかと思ったら俺が突然休日出勤、夜は彼女が前から入っていた用事があるというすれ違いっぷりだった。そうこうしているうちに、桜は今日が最後だろう。彼女とは見られそうになかった。
直接会って桜でも見たら、魔法みたいにうまくいく、なんて思っていたわけじゃないけど、俺はひどく落胆しているのだった。
「んー、まだすれ違っている途中なんでしょ? 現在進行系じゃない」
楽観的な言葉を、このおっさんにあっけらかんとした口調で言われると、たしかにね、なんて思えてくる自分に、少し驚いた。
「来年見れるように、またがんばりますかね」
「お、いいねえ、末永く遊ぼうね!」
「おっさんじゃねーよ」
俺は笑った。おっさんも笑った。
「ちなみに亮也くんは何処住み?」
「は?」
「いやー、今日も起死回生の競馬ではずしちゃって、家賃滞納で追い出されたときはよろしくね」
悪びれない態度で、俺の背中をぽんぽん、と叩いてきた。そして、一気に残りのビールを飲み干すと、
「頼りにしてるよ?」
俺の肩に軽くパンチして、不敵な笑みを浮かべた。
いや、これはかなり俺やばいのでは? このおっさん、ろくでもねーぞ、たぶん。
「いや、まじでツイてねー…」
天を仰ぐと、花吹雪が舞い踊った。その奥には白い月が見えた。きっとこれは忘れられない景色になる。きっとまた、この季節がくるときには今日を思い出す。そして、桜をまた。
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