2.本心

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2.本心

 予約時間ちょうどに一 朱鳥は来店した。 「いらっしゃいませ。どうぞ本日はよろしくお願いいたします」  マニュアル通り頭を下げる貴晴を、一 朱鳥はテーブル越し、高校時代と変わらぬ涼やかな眼差しで見つめた後、薄い唇を綻ばせた。 「ああ、担当の方の名前、森 貴晴って……やっぱり晴くんだった」  晴くん。  高校時代そのままの呼び名に、胸の内を羽でなぞられたようなこそばゆさを覚える。 「あ、うん。俺も、驚いた。一、戻ってたんだな。その……てっきり、裕とまだ東京にいるんだと思ってた」  貴晴がそう言ったとたん、朱鳥は困ったように眉をハの字に下げた。 「ああ……そっか。晴くん、知らなかったんだ。私たち、別れたんだ。東京行って少ししてからかなあ。演劇もね、やめて」 「そう、なんだ」  そうだ。ふたりはいつだって好きな映画や将来の夢で盛り上がっていた。夢に瞳をきらきらさせていつまでも語り合っていた。同じクラスで、席も近くて、なんとなく行動を共にすることが多かったふたりのことを貴晴は大切に思ってはいたが、一方で「地に足がついてないな」とどこか冷ややかな目で見ていた覚えがある。  美男美女でお似合いではある。  けれど、このふたりは遠からず失敗して戻って来るんだろうな、と感じてもいた。  そして、貴晴の予想通り朱鳥はこの町に戻って来た。車がなければスーパーに行くのにも事欠くようなこの小さな田舎町に。 「こっちに引っ越してきて、やっぱり車ないと不便で。で、どうせなら晴くんに相談に乗ってもらおうと思って」  にこっと朱鳥が笑う。それは高校時代と同じ、可憐過ぎる微笑みだった。 「昨日だったら決算日だったからもうちょっと安くなったんだけどな。けど、できるだけ頑張らせてもらうから」  言いつつ、手元のバインダーに目を落とす。 「車種とか、こだわりとか、なにかあればお聞かせいただけますか」 「お聞かせいただけますか、だって。晴くん、ほんと、立派に営業マンなんだね。しっかり前向いて一歩一歩歩いたって顔、してる」 「からかうなよ」  俯きつつ、口元が緩むのを止められなかった。  自分はちゃんとできている。責任を背負った社会人として、しっかりと大地を踏みしめて歩けている。裕よりもずっと。  そう思えたら心が晴れやかで、いつも以上に営業トークも滑らかになった。 「もし、これといったものが思いつかないなら、表の展示車、見てみる?」  貴晴の提案に朱鳥はふんわりと頷く。  店の外は青空駐車場になっていて、ずらりと中古車が並んでいる。「ボーナス払い対応。月々12,000」など、フロントガラスに金額表示がされた車たちをぐるりと見回し、朱鳥は困惑したように息を吐いた。 「これだけあると見つけるのは骨だなあ」 「気になる車種、あるのか? あるなら……」  言いかけた貴晴の前で、柔らかな四月の風にコットンスカートが軽くなびいた。 「私ね、見たい車があって今日、ここ、来た」 「なんだ、あるのか。それって」 「四月一日の白雪姫」  は、と思わず口が開く。その貴晴の顔をまっすぐに見つめ、朱鳥は繰り返した。 「四月一日の白雪姫。あるんでしょ? ここのお店にあるって聞いた」 「それ、誰から?」 「誰からって。有名な話じゃない。ここの中古車屋さんにある、絶対人に売らない車の話」  にっこりと朱鳥は笑う。その笑顔を見つめ、貴晴は眉間にしわを寄せた。 「乗りたいって人には乗ってもらうのが社長の意向だから案内するけど。君はどんな嘘を真実にしたいの」  問いに朱鳥は目を細める。さらさらと風に髪を乱されながら彼女は空を仰いだ。 「大切な人と手を繋げる毎日を真実にしたい」
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