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5.告白
柔らかい声が運転席から響く。思わず彼女の顔を見ると、朱鳥は恥じらうように目を逸らした。
「手、繋ぎたかった。本当はずっと。言えなかったけど、好き、だったから」
好き。朱鳥の言葉にくらり、と脳の奥が甘く揺れる。声をなくしたままの貴晴の手に朱鳥の手は重ねられたままだ。
「晴くんはさ、私たちと全然違うんだよね。まっすぐに前を向いて地面を踏みしめて歩いている。私ね、晴くんのそういうところ、好きだと思ってた。私たちには捨てられない夢があったし、恋よりも夢を見なきゃって思ってたから、晴くんに言えずにいたけど」
でも、と囁いた彼女の声が震えた。
「やっぱり忘れられなくて。だからこんな手の込んだこと、しちゃった」
ひんやりと冷たい朱鳥の指先が震えている。その震えに貴晴は動揺した。
ずっと思っていた。夢を追える朱鳥と裕が羨ましいと。その同じ場所に立てない自分が情けないと。彼女のことが好きだったのに、大した夢も持てず、つつましく生きていくことばかりを求める自分は、彼女にふさわしくないと考えてもいた。
そのひねくれた思いから……彼らはきっとうまくいかない、と念じるようになっていた。告白ができないのは自分の弱さなのに、彼等の未来を呪うなんて、最低極まりない。
そんな自分に、朱鳥は告白してくれている。なにも知らないままに。
「俺も、好きだった、ずっと」
声を絞り出すと、朱鳥がふっと目を瞬く。その彼女の顔から顔を逸らし、貴晴は必死に口を動かした。
「でも、一は知らないんだ。俺が、どれだけ汚い人間か。言ってないことだっていっぱいある。一は……そんな俺でも、付き合えるの」
震えているのが彼女の指先か、自分の体なのか、わからない。唇を嚙みしめたとき、震えを抑え込むように、彼女の手が貴晴の手の甲から掌へと滑った。
「関係ないよ」
声に引かれるようにして彼女の方を向く。朱鳥は貴晴の顔を真っ直ぐに見据え、静かに続けた。
「関係ない。これからもこうして一緒にいられる。それで充分」
──ときどき思うんだ。夢が叶った私でも、叶わなかった私でも、一緒にいてくれる人がいてくれたらって。
ふっと蘇ったのは高校時代の朱鳥の声だ。
お互い部活が休みで、裕はたまたま補習でいなくて、ふたりだけでの帰り道だった。
その日も朱鳥は夢について語っていた。ただいつもと少し違ったのは、彼女が普段の彼女より気弱そうに見えたことだ。
絶対叶えたい、じゃなく、叶わなかったら、に彼女は言及していた。
あの日の自分がなんと答えたのか、貴晴は覚えていない。けれどあのとき自分は、夢を叶えられなかった朱鳥だとしても好きだ、と思っていた。
裕はどうだったのか。きっと違ったのではないのか。
仄暗い喜びが胸に湧き上がってくる。重ねられている彼女の指にそうっと指を絡めようとしたときだった。
首筋にひやり、となにかが触れた。自身の胸元を見下ろし、貴晴は戦慄した。
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