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7.四月一日の白雪姫
「簡単に死者を肯定しちゃだめ。いい?」
「え」
声を漏らす貴晴を無視し、朱鳥が後部座席を睨んだ。
「あなたも。ここは私が定住している場所。勝手に入ってこないで」
『お前、なに』
獰猛な獣のように裕が唸る。その彼に向かって、朱鳥は、ふん、と鼻を鳴らした。
「通りすがりの人に名乗るわけないてしょ。どうしても呼びたいなら白雪姫とでも呼んで」
そう言い、朱鳥がぱんぱん、と大きく二回、手を打つ。そのとたん、巻き戻るように貴晴の身体に巻き付いていた腕が後退した。冷たい白に覆われた二本の腕が、後部座席から差し込む陽光に焼かれるように、すうっと、消えていく。
「まったく。エイプリルフールの嘘なんていうのは、みんなが笑える可愛いのっていうのがお約束なのに」
やれやれ、と言いたげに首を振る彼女を、貴晴は呆然と見つめる。その段になって彼女はふっとこちらに顔を向けた。
「危なかったね。この子の身体、私が借りて出てこなかったら、あなた、呪い殺されてたよ」
「あの……あんた、一、じゃなくて……」
「白雪姫」
朱鳥の顔で彼女はにやっと笑う。そのままどさりとシートに体重を預けた。
「嘘を真実になんてできるわけない。まして人の身体、完全に奪うなんてできるわけないのに」
「え?! え、それ嘘……」
「当たり前でしょ。私はただ、彼氏との思い出があるこの車が恋しくてそばにいただけ。霊歴長いから、短い時間人に乗り移ったり、同族を追っ払うくらいはできるけど、それしかできない。なのにすっかりパワースポットになっちゃって」
呆れた顔で彼女が肩をすくめる。貴晴は再び仰天した。
「あの、じゃあ、あなたがこの車の持ち主、ってことですか」
「そうだけど、自動車税もなんも払ってないからね。所有権を主張するには弱いよね」
くすっと笑う彼女の顔はやはり朱鳥のもののようでそうではない。唖然としている貴晴の顔をふいに彼女が見た。
「本当はさ、出てくるのちょっと迷ったんだよね。この子の気持ちもわかるもん。恋人と手を繋げるようになるために藁をも掴みたいみたいなね。私だってそうだよ。だからまだここにいる」
だけどね、と彼女は眉を顰めた。
「誰だって自分なりにこつこつ生きてるもの。それを恋心かさに来て摘み取っていいわけないよね。恋や夢自体が尊いわけじゃない。生きて積み上げてきた時間そのものが尊いのかもなって思えて。だからさ」
彼女の手がぽんぽん、と貴晴の肩を叩いた。
「生きた時間を悔いるのはやめなよ。充分かっこいいことだと私は思うよ」
「そう、かな」
なんだか変な気分だ。幽霊に励まされるなんて。でも。
悪くない気も、した。
去り際、彼女は朱鳥の指で朱鳥の胸を指さしながら、こう言った。
「この子、あなたのこと好きって嘘ついたって言ってたけど、全部が全部嘘じゃないと思うよ。迷う心がなければ、私も身体、借りれなかったもん。だからこの子のこと、許してあげなよ。エイプリルフールってことで」
じゃあね、と言って自称白雪姫は消えた。
シートにぐったりと身を預けて眠る朱鳥の顔を見つめ、貴晴は小さく息を吐く。
目が覚めたとき、俺は朱鳥になんと言えるだろうか。
俺を犠牲にしようとした彼女を、赦せるだろうか。
そこまで思って、貴晴はふっと息を吐く。
それを言ったら自分だって大概だ。必死に夢を追いかける朱鳥たちをずっと馬鹿にし続けていたのだから。
ううん、と朱鳥が身じろぎする。多分もうすぐ目が開く。
目を覚ました彼女になにを言うのが正解かはわからない。わからないが、朱鳥と話がしたかった。
なにも言わず通り過ぎてしまった高校時代を埋めるくらい、ちゃんと向き合いたいと思えた。
怖いけれど。それでも。
怯えと期待の入り混じった気持ちを胸に宿しながら、彼女の瞳が開くのを貴晴は待ち続けた。
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